第49話 万人不同 終生不変
「万人不同。終生不変」
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20年以上前に警察学校で習った言葉を思い出す。
静かに声に出した。
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ロビーに、すっと通る。
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全員の視線が滝に集まる。
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滝は、白く粉をまとった箱を見たまま言う。
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「人の指紋は、一人として同じものがない」
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「そして、一生変わらない」
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コーナンが眉をひそめる。
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「指紋……?」
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サカンも目を細める。
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「そんなもので、人が分かると?」
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滝は短く頷く。
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「分かる」
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「試しに身近な人間の指紋と比べてみろ」
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皆がそれぞれの指を見比べる。
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「確かに……」
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ジュノが小さく呟いた。
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ミネーが箱を見る。
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「……この白いのは」
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「浮かび上がらせた」
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滝が答える。
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「触れた跡をな」
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箱の表面。
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白い粉の中に――
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かすかに浮かぶ線。
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渦のような模様。
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「被害品は不明」
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「目撃もない」
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「自首も期待できない」
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滝の声は淡々としていた。
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「なら――」
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「現場に残ったものから辿るしかない」
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箱を軽く叩く。
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「幸い、これは鉄だ」
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「跡が残る」
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ミネーが小さく息を呑む。
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「だから……粉を」
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「そうだ」
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ジュノが腕を組む。
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「ではなぜ、最初に女を外した」
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滝は一瞬だけ箱を見る。
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そして――
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「大きさだ」
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短く答える。
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「残っていた指紋は大きい」
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「女のものじゃない」
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ざわめき。
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コーナンが唸る。
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「なるほど……」
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サカンが低く笑う。
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「最初から絞っていたか」
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滝は続ける。
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「本来なら全員の指紋を採って比べる」
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「だが今回は、その必要がなかった」
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一拍。
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箱を指す。
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「残っていたのは――親指の跡だ」
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そして。
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「そこに傷があった」
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沈黙。
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滝が、犯人の男を見る。
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「お前の右手だ」
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男の肩が震える。
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「同じ場所に、同じ傷がある」
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言い切る。
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コーナンが息を吐く。
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「……それで特定か」
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ミネーが箱と男を見比べる。
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「そんな方法が……」
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サカンも感心したように鼻を鳴らす。
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「面白い」
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だが――
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滝は、そこで止まらない。
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「問題はここからだ」
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視線を犯人へ向ける。
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「盗んだ物は何だ」
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男は顔を上げる。
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怯えた目。
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そして――
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「……何も」
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ざわめき。
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「何も取ってません!」
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「開けただけです!」
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声が震える。
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「中は……空でした……!」
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静寂。
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ミネーの目が揺れる。
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コーナンが言葉を失う。
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サカンが目を細める。
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ジュノは――
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無表情。
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ゆっくりと滝を見る。
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「……どうする」
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低い声。
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滝は少しだけ考えるように視線を落とす。
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そして――
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言う。
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「何も入っていなかったんじゃない」
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一拍。
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「最初から――入れていなかった」
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空気が変わる。
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ジュノの目が細くなる。
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滝は続ける。
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「失われたのは物じゃない」
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犯人を見る。
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「強いて言うなら――」
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ジュノへ視線を戻す。
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「お前への信頼だ」
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沈黙。
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一瞬。
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そして――
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「……ははっ」
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ジュノが笑う。
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やがて――
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大きく。
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腹の底から。
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「ははははは!!」
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ロビーに響く。
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「当たりだ」
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「最初から箱は空だ」
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「使用人達がどれだけ俺の命令を守るか試した」
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「そして――誰が命令を破るかもな」
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犯人の男が顔を伏せる。
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ジュノは冷たく見下ろした。
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「お前の言うとおり、こいつが犯人だ」
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指を鳴らす。
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兵が前へ出る。
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「連れて行け」
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男は抵抗することなく連行されていった。
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ジュノは、その背を見送ることもなくコグシーを見る。
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「見事だな、コグシー」
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そして――
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滝を見る。
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値踏みの色は、もうなかった。
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「いい駒を連れてきた」
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試しは終わりだった。
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そして――
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低い声で告げる。
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「いいだろう。今度は――俺が貸しを返す」




