第47話 黒い箱
ガナト――ジュノの屋敷。
エントランスロビー。
中央の台座。
黒い鉄の箱が、これみよがしに置かれていた。
三十センチ四方。
無骨な塊。
飾り気はない。
だが――見せるために置かれている。
そんな存在感だった。
滝は無言で近づく。
しゃがみ、視線を落とす。
ミネーが小さく言った。
「……鍵は?」
コーナンが首を振る。
「見当たりませんな」
サカンが続ける。
「破壊の痕跡もない」
コグシーが低く言う。
「つまり――普通に開けて、普通に持ち出した」
ミネーが周囲を見る。
「出入りは?」
近くにいた部下が答える。
「敷地内に入れば、このロビーは自由です」
「客も、使用人も、兵も」
沈黙。
コーナンが息を吐く。
「最悪ですな」
サカンが薄く笑う。
「誰でも触れられる」
ミネーも頷く。
「目撃も期待できません」
完全に行き詰まり。
そう見えた。
だが、滝だけは違った。
動かない。
ただ、箱を見ている。
じっと。
細部まで。
やがて――滝はポケットに手を入れた。
取り出したのは、白い手袋。
鑑識用。
刑事時代からの習性だった。
現場では、必ず持ち歩く。
この世界に来てから使うのは初めてだ。
……久しぶりだ。
ミネーがわずかに眉を動かす。
「……それは」
滝は答えない。
静かに手袋をはめる。
そして――箱に手を伸ばした。
触れる。
角を。
慎重に。
持ち上げる。
ほんのわずかに。
重い――ほどではない。
だが、軽くもない。
滝の目が細くなる。
中身が消えた後にしては――妙に重さが残っている。
箱の縁。
側面。
底。
ゆっくりと確認する。
まるで――触れた跡をなぞるように。
やがて箱を戻す。
元の位置へ。
正確に。
滝は立ち上がった。
「……ジュノ」
低い声。
「箱、触らせてもらった」
ジュノは興味なさそうに言う。
「好きにしろ」
「箱に価値はない」
滝は小さく頷く。
「……なるほどな」
ぽつりと呟く。
空気が変わった。
ミネーが鋭く見る。
「何か分かったんですか」
滝は答えない。
代わりに言った。
「全員、集めてくれ」
コーナンが眉を上げる。
「……三十人を?」
「全員だ」
迷いはない。
ジュノが滝を見る。
値踏み。
そして――わずかに笑う。
「いいだろう」
命令が飛ぶ。
その間に、滝は近くのメイドに声をかけた。
「……小麦粉を持ってきてくれ」
「それとハケを」
メイドが戸惑う。
「小麦粉とハケですか……?」
「あるだけでいい」
ジュノが短く言う。
「用意しろ」
メイドが去る。
静寂。
ミネーが小さく言った。
「……何をするつもりですか」
滝は、わずかに笑う。
「確認だ」
サカンが目を細める。
「簡単には見えんな」
コーナンは腕を組む。
「ですが……何か見えている」
滝は答えない。
ただ――黒い箱を見る。
その目はすでに、一つの仮説を捉えていた。
やがて、人が集まる。
三十人。
全員。
そして――
静かに、選別が始まる。




