第44話 ガナトの義兄弟
ガナト――
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この街は、皇帝の直轄ではない。
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古くからの港。
商人が築き、商人が守ってきた場所。
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憲兵隊は駐屯している。
だが、それは“外敵”への備えに過ぎない。
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内を動かすのは――
商人たちだ。
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有力商人による合議。
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それぞれが縄張りを持ち、
互いに牽制しながら均衡を保つ。
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その均衡があるからこそ――
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この街は、国の中で唯一、
“完全に止まらない場所”であり続けている。
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そして――
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その一角。
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港を見下ろす石造りの屋敷。
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「……またか」
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男が、書簡から目を離さずに言う。
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ジュノ。
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この区画を取り仕切る、有力商人の一人。
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「最近は妙な連中が多い」
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低い声。
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その前に控える部下が、頭を下げる。
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「はい。港の方から、また“御用商人”を名乗る者たちが」
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ジュノは鼻で笑う。
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「御用商人、か」
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「便利な言葉だな」
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一拍。
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「……追い返せ」
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即答だった。
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「この街に来る“訳あり”は、一つじゃない」
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「全部相手にしていたら、身がもたん」
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部下が頷く。
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だが――
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「それが……少し妙でして」
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ジュノの手が止まる。
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「何がだ」
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部下は、言葉を選びながら続ける。
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「女が三人」
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「いずれも……目を引く容姿です」
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「一人は、妙に上品な美少女」
「一人は、貴族のような気配の美女」
「もう一人は……庶民的ですが、かなり……その……」
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言い淀む。
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ジュノが片眉を上げる。
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「続けろ」
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「……グラマラスで、人目を引きます」
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短い沈黙。
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「男は?」
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「はい」
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部下は指折り数える。
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「商人には見えない、妙に整った若い男」
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「理屈屋のような男が一人」
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「これが目つきの悪い男でして」
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「それと……」
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少し困った顔になる。
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「ハゲの親父と」
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「変な服を着た、冴えない中年の外国人のような男」
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一拍。
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「……ただ、その男」
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「目が、妙に鋭い」
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ジュノの視線が、わずかに上がる。
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空気が変わる。
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「……ほう」
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低く漏れる。
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「で?」
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「追い返そうとしたところ――」
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部下が、一通の紙を差し出す。
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「これを見せろ、と」
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ジュノは無言で受け取る。
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開く。
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一瞬。
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その目が、止まった。
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そして――
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わずかに、笑う。
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「……なるほどな」
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紙を閉じる。
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即座に言う。
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「通せ」
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部下が驚く。
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「よろしいのですか?」
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「いい」
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間を置かずに続ける。
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「客間へだ」
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「丁重に」
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その声音は、先ほどとは完全に違っていた。
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部下が慌てて頭を下げ、出ていく。
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扉が閉まる。
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静寂。
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ジュノは、椅子にもたれたまま天井を見上げる。
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「……生きていたか」
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小さく呟く。
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脳裏に浮かぶのは――
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炎。
血。
そして、取引。
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あの戦争。
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ガナトをどちらにつけるかで、
戦の流れは決まると言われた。
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だから――
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命を賭けた。
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互いに。
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裏切れば、その場で死ぬ。
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そんな場で――
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盃を交わした。
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「義兄弟、か……」
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苦く笑う。
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「随分と、面倒な客を連れてきたな」
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だが――
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目は笑っていない。
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むしろ、鋭くなっている。
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「……何を探している」
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低く、呟く。
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その問いは――
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これから始まる全てに向けられていた。
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ガナトの深部が、
静かに、動き始める。




