第41話 揺れる水面
船上。
ガナト行きの商用客船。
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甲板は、朝の光に包まれていた。
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波は穏やか。
風も、やさしい。
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だが――
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「……っ、無理だ……」
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コーナンが顔を青くして壁にもたれる。
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サカンも同じだ。
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「想定……外です……」
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コグシーは腕を組んだまま動かないが、
顔色は明らかに悪い。
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「……船は、慣れん」
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低く呟く。
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男たちは、ほぼ全滅だった。
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一方――
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ハギーは、船縁に立っていた。
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海を見ている。
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ただ、それだけ。
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「……綺麗ですね」
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子どものような声。
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風に髪が揺れる。
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ポリスが横に座り、
ユダは、そのすぐ後ろ。
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一歩も離れない。
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視線は、常に周囲へ。
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警戒は解かない。
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その少し離れた場所。
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滝の横に、ミネーが並ぶ。
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沈黙。
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波の音だけが続く。
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やがて――
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「……平気なんですね」
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ミネーが、ぽつりと言う。
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滝は肩をすくめる。
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「昔、少しな」
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それだけ。
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ミネーは、小さく頷く。
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「私は……久しぶりです」
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一拍。
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視線は海のまま。
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「昔は、よく見ていました」
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滝は何も言わない。
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ただ、聞く。
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「……昔、婚約していた方がいました」
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静かな声。
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「結婚するはずだったんです」
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波が、船体を叩く。
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「でも――」
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一瞬だけ、言葉が止まる。
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「スオーの戦いで」
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「帰ってきませんでした」
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風が、強く吹く。
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それ以上は言わない。
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だが、それで十分だった。
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滝は、視線を落とす。
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「……そうか」
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短い言葉。
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軽くはない。
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ミネーが、少しだけ笑う。
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「式の前だったんです」
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「だから――」
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言葉を探す。
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「妻にも、未亡人にもなれなくて」
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風に消えそうな声。
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滝は、ゆっくり息を吐く。
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「俺は――」
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一瞬、言葉を止める。
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それでも、続ける。
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「結婚してた」
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ミネーが、わずかに視線を向ける。
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「でも、仕事ばっかでな」
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苦く笑う。
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「家にいなかった」
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「気づいたら――」
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一拍。
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「いなくなってた」
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風が、静かに抜ける。
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「今は、一人になった」
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短く言う。
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そして――
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「俺が悪い」
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一拍。
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「……後悔してる」
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落とすような一言。
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ミネーは、何も言わない。
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ただ――
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少しだけ、距離が近くなる。
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肩が、触れそうなほどに。
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言葉はない。
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だが。
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同じものを、見ている。
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海を。
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その時――
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「……きゃっ!」
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怯えた悲鳴。
押し殺したような、小さな声。
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空気が、一変する。
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甲板の向こう。
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人が集まり始めている。
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ざわめき。
低い男の声。
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ただの喧嘩ではない。
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ユダの視線が動く。
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すでに、位置を変えている。
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ハギーの前に入る。
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滝も動く。
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表情が変わる。
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さっきまでの空気は、消えていた。
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ミネーも一歩下がる。
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いつもの距離。
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だが――
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ほんの少しだけ、違っている。
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「……行くか」
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滝が言う。
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ミネーが頷く。
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「はい」
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二人は、同時に動く。
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揺れる甲板。
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騒ぎの中心へ。
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距離は――
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まだ離れなかった。




