第40話 流れの先
セキの港。
朝の光が、ゆっくりと広がっている。
掛け声。縄の軋み。木箱のぶつかる音。
何も変わらない。
まるで――
昨夜の出来事など、最初から存在しなかったかのように。
「……終わった、か」
滝が、小さく呟く。
コーナンが静かに言う。
「事後処理は監察官に任せました」
「総督の件も、公式にはそれで終わるでしょう」
サカンが続ける。
「我々の関与は、伏せるよう依頼済みです」
コグシーが頷く。
「表には出さん」
短く、確定させる。
ハギーは静かに言う。
「それで十分です」
「今は――先を追いましょう」
ミネーも頷く。
「補佐官と、あの船ですね」
ユダは、何も言わない。
ただ、沖を見ている。
すでに見えない船の、その先を。
その時。
「おい」
声がかかる。
振り向く。
一昨日、酒を飲んだ人夫仲間だ。
「無事だったか」
「今日は変な格好だな」
制服姿を見ても軽い調子だ。
滝も手を上げる。
「まぁな」
男は、少し顔を寄せる。
「そういや、お前」
「昨日、船の話あったろ」
「補佐官の船」
滝は、わずかに眉を動かす。
「……ああ」
曖昧に返す。
男は頷く。
「人夫、集めてたんだよ」
「妙に金払いが良くてな」
「だが――」
一拍。
「集まってたのが、ロクなのじゃねぇ」
肩をすくめる。
「軍崩れに、不良ばっかだ」
「訳ありって顔してやがる」
滝が、軽く頷く。
「……そうか」
男は続ける。
「俺は断った」
「なんか臭かったしな」
滝は、少しだけ笑う。
「俺もだ」
腰に手を当てる。
「痛くてな」
ぼそり。
「長くやるもんじゃない」
男が吹き出す。
「見てりゃ分かる」
軽口。
そして――
「行き先、聞いたか?」
滝が問う。
男は頷く。
「ガナトだ」
その名が落ちる。
空気が、わずかに締まる。
コーナンが低く言う。
「……交通の要所ですな」
サカンも続ける。
「物も、人も、集まる場所」
コグシーが目を細める。
「王都にも近い」
ハギーが静かに頷く。
「身を隠すには、最適ですね」
ミネーも続ける。
「紛れるには、なおさら」
滝が小さく息を吐く。
「……いい場所選ぶな」
男が肩を叩く。
「お前も誘われてたのに、惜しかったな」
にやりと笑う。
「そのまま行けば、娼館もついてきたかもな」
軽口。
滝は、一瞬だけ間を置き――
「そりゃ残念だ」
笑って返す。
その瞬間。
ミネーの視線が刺さる。
「……そうですか」
低い声。
滝は気づかない。
「いや、冗談だろ」
軽く流す。
ミネーは、じっと見る。
「楽しそうですね」
さらに一刺し。
「……?」
滝は本気で分かっていない。
ハギーが、くすりと笑う。
「賑やかなお話ですね」
やわらかく言う。
「でも――」
一拍。
「今は、そちらではなく」
視線を遠くへ向ける。
ガナト。
その先。
「進みましょう」
静かな一言。
それで、十分だった。
コグシーが頷く。
コーナンとサカンも続く。
ユダは、すでに歩き出している。
滝は肩をすくめる。
「……仕事だな」
小さく呟く。
ミネーが、ほんの少しだけ視線を逸らす。
だが――
歩幅は、揃っている。
港の喧騒の中へ。
そして――
次の舞台へ。
流れは、止まらない。




