第39話 断ち切られた鎖
総督室。
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空気は、すでに死んでいた。
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総督は、膝をついたまま動けない。
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視線は――
覆面を外した女に釘付けのまま。
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「……貴様……」
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声が、震える。
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記憶が繋がる。
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昨夜。
寝室。
鍵。
闇。
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すべてが、自分の首を締めている。
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「証拠は……」
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絞り出すような声。
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だが、その問いに――
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答えは、すでに存在していた。
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沈黙が、それを示す。
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耐えきれず、総督は叫ぶ。
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「……違う!」
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顔を上げる。
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「私は知らぬ!」
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「すべては――あの男だ!」
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空気が動く。
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「補佐官のチョウ……!」
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吐き捨てるように言う。
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「奴が言い出した!」
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「あるお方の推挙だと言われ……採用した!」
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息が荒い。
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「儲かる話だと……」
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「私は……ただ許可しただけだ……!」
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言葉が、崩れる。
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責任を、押し付ける。
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必死に。
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だが――
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「確認を」
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監察官が短く告げる。
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兵が動く。
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扉が開く。
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足音。
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そして――
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「報告します」
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一礼。
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「補佐官の姿は、すでにありません」
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総督の目が揺れる。
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「港にて――」
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言葉が続く。
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「印の付いた積荷と共に、船で出航したとのこと」
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沈黙。
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完全に、切られた。
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総督の喉が、ひくりと動く。
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「……積荷とは、何だ」
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監察官が問う。
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総督は、答えない。
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視線が泳ぐ。
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だが――
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逃げ場はない。
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「答えなさい」
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低い圧。
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総督の肩が震える。
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「……武器だ」
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絞り出す。
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「それも……大量の」
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空気が、さらに冷える。
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「行き先は」
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「……知らぬ」
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即答。
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だが、その声に力はない。
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「ただ……」
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歯を食いしばる。
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「金になると……言われた……」
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沈黙。
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すべてが、露わになる。
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監察官が一歩前に出る。
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「総督」
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静かな声。
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「軍事裁判にかける」
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言い渡す。
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兵が動く。
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左右から、距離を詰める。
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その時――
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総督の目が、揺れる。
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次の瞬間。
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腰に手が走る。
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抜く。
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剣。
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――空気が張り詰める。
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滝の手が、静かに動く。
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腰の警棒へ。
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視線は逸らさない。
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ユダは、一歩前へ出る。
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音もなく。
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ハギーの前に立つ。
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庇う形。
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剣先と、一直線に向き合う。
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誰も、声を出さない。
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止める間合い。
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だが――
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総督の視線は、誰にも向いていない。
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刃が、向く。
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――自分へ。
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「っ――!」
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一瞬。
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躊躇。
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だが――
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突く。
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深く。
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音が、止まる。
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膝が崩れる。
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床に、血が広がる。
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誰も動かない。
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ただ、見ている。
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総督は、倒れながら――
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何かを言おうとする。
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だが。
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声には、ならない。
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最後まで。
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その名が語られることはなかった。
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そのまま。
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動かなくなる。
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沈黙。
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すべてが、終わった。
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だが――
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線は、まだ残っている。
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逃げた補佐官。
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消えた船。
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武器。
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そして――
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“あるお方”。
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ハギーは、静かに目を伏せる。
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終わりではない。
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ここは――
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始まりだ。




