第38話 静かな断罪
総督室。
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沈黙が、空気を支配していた。
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椅子に座る女。
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その前で――
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総督は、動けない。
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一歩、踏み出すことすらできない。
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「……お久しぶりです、男爵」
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静かな声。
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だが、その一言で――
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立場が、決まる。
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“総督”ではない。
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ただの――男爵。
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総督の喉が鳴る。
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気づけば、膝をついていた。
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無意識だった。
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抗う前に、体が従っている。
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「……皇女、殿下」
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かすれた声。
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その時、ようやく気づく。
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視界の端。
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壁際に、影がある。
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コグシー。
コーナン。
サカン。
覆面の剣士。
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そして――
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見慣れぬ男。
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整った制服。
無駄のない立ち姿。
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鋭い目。
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(……誰だ)
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一瞬だけ、視線がぶつかる。
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逸らせない。
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だが――
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それ以上、考える余裕はない。
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扉が開く。
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足音。
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「失礼いたします」
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監察官が入室する。
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空気が、さらに締まる。
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総督の背に、冷たい汗が流れる。
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監察官は一礼し、淡々と告げる。
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「情報提供を受け、監査を実施しました」
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「その結果――」
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一拍。
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「総督の所有と見られる裏帳簿と、政府提出の報告書との間に重大な差異を確認」
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「継続的な横領が認められます」
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言い切る。
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余地はない。
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総督の顔が歪む。
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「……なぜ」
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思わず漏れる。
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「なぜ、皇女殿下が――」
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監察官が遮る。
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「貴公には関係のないことです」
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冷たい声。
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「質問にのみ、お答えください」
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沈黙。
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総督は、俯く。
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思考が回る。
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速く。
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必死に。
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そして――
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顔を上げる。
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「……知らぬ」
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低く言う。
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「そのような帳簿は、見たこともない」
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間。
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「誰かが――」
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歯を食いしばる。
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「成り上がった私を妬み、仕組んだのでしょう」
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言葉に力を込める。
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「それが、私のものだという証拠はあるのですか」
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沈黙。
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空気が、張り詰める。
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その時――
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皇女の隣。
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控えていた、覆面の剣士が動く。
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音もなく、一歩前へ。
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総督の視線が向く。
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違和感。
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何かが引っかかる。
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その剣士は――
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ゆっくりと、手を上げる。
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覆面に触れる。
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外す。
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静かに。
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その下から現れた顔を見た瞬間――
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総督の瞳が、見開かれる。
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言葉が、消える。
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呼吸が止まる。
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理解が、追いつかない。
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だが――
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“思い出してしまう”。
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昨夜。
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あの寝室。
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あの女。
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そして――
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闇。
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すべてが、繋がる。
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声にならない音が、喉から漏れる。
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崩れる。
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完全に。
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逃げ場はない。
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言い訳も、もう意味を持たない。
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ただ一つ。
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終わりだけが、そこにあった。
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沈黙。
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そして――
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裁きが、始まる。




