第35話 扉の向こう
夜。
社交場の奥――選ばれた者だけが通される区画。
柔らかな灯り。
抑えられた音。
空気は甘く、重い。
案内された先。
別館へ続く廊下。
扉の前で、男が立ち止まる。
「確認を」
低い声。
「御用商人の代理、ということでよろしいですね」
ユダは、静かに頷く。
「ええ」
「利益となる話であれば、主へ繋ぎます」
男は一瞬見つめ――
やがて、扉を開く。
「こちらへ」
中へ。
空気が変わる。
豪奢な室内。
整ってはいるが、どこか品がない。
総督が、こちらを見ている。
値踏みする目。
「……ほう」
ゆっくりと口元が歪む。
「代理人、か」
ユダは一礼する。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
総督は顎を上げる。
ユダは、ほんのわずかに間を置く。
「こちらとしても、条件次第です」
「どの程度の“利益”になるのか」
「まずは、それを」
総督は笑う。
「慎重だな」
だが、その顔は――
すぐに崩れる。
「いいだろう」
椅子に深く座り直す。
「積荷の申告を軽くする」
「税が下がる」
「その差額を分ける」
一拍。
「こちらが七で、そちらが三だ」
指を軽く叩く。
「禁制品も扱える」
「武器もな」
「流れはこちらで用意する」
軽く笑う。
「汚れ役は補佐官がやる」
「俺は汚れない」
気軽な口調。
「だから、お前たちは乗ればいい」
「もし、断れば……」
ユダは、静かに聞く。
「……分かりました」
小さく頷く。
総督が満足そうに笑う。
「賢いな」
一拍。
「では、主に伝えろ」
手を振る。
「話は終わりだ」
背を向ける。
――その時。
「……あの」
ユダの声。
総督が、わずかに振り返る。
「まだ何かあるか」
ユダは、ほんの少しだけ近づく。
距離が、曖昧になる。
「これは、私個人の話です」
静かに。
「主とは別に……私にも、利益をいただけませんか」
一瞬の間。
総督の目が細くなる。
すぐに――理解する。
口元が歪む。
「……ほう」
ゆっくりと向き直る。
「欲があるのは嫌いじゃない」
ユダは視線を外さない。
さらに一歩。
わずかに身体を寄せる。
「見合うだけの価値は、お見せできます」
声が、柔らぐ。
総督の呼吸が変わる。
完全に、引き込まれる。
「……いいだろう」
低く笑う。
「その“価値”を見せてもらおうか」
背を向ける。
部屋の奥へ。
別の扉。
振り返る。
「来い」
ユダは、迷わない。
そのまま歩く。
扉が開く。
寝室。
静かな空間。
総督が先に入る。
ユダも続く。
――この部屋だ。
観察。
先ほどの室内には、何もなかった。
ならば――
ここ。
扉が――
閉まる。
夜は、まだ深い。




