第33話 覆面の向こう側
夜。
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宿の一室。
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空気は、重く沈んでいた。
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ユダの報告が、場を変えている。
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「連絡役は総督府に入った」
「中で別の“影”と接触している」
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つまり――
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「上がいる」
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コーナンが低く言う。
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サカンも頷く。
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「ですが、そこへ至るには――」
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「総督を通るしかありません」
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結論は、変わらない。
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滝は腕を組む。
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「監査は?」
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コグシーが答える。
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「通せる」
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「命令書も用意できる」
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だが――
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滝は首を振る。
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「無理だな」
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短く、断言する。
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「表は整えてるはずだ」
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「帳簿も、流れも」
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「見られる前提で作ってる」
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コーナンが静かに頷く。
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「……取り繕われている、と」
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「ああ」
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サカンが続ける。
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「正面からでは、崩せません」
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滝が低く言う。
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「だから監査はダメだ」
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「表をなぞるだけになる」
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「欲しいのは“裏”だ」
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沈黙。
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滝が続ける。
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「弱いところを突くしかない」
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コグシーが、わずかに目を細める。
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「……総督について話しておく」
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静かな声。
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「セキは皇帝直属の直轄地だ」
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「行政も司法も、すべて総督が握る」
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「本来は、名家の貴族が就く席だ」
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一拍。
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「だが、今の総督は違う」
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「クガーの推挙で上がってきた男爵だ」
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コーナンが低く言う。
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「……成り上がりですな」
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コグシーは頷く。
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「昇任意欲が強い」
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「中央に戻ることしか見ていない」
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サカンが続ける。
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「だから、実績に飢えている」
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「多少の歪みは、見逃すどころか利用する」
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コグシーがさらに言う。
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「それと――」
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わずかに間を置き、
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「女好きだ」
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空気が、わずかに動く。
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「露骨だ」
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「甘い話には、すぐ乗る」
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滝が小さく頷く。
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「……そこだな」
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だが――
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全員の視線が、自然とハギーに向く。
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コグシーが即座に切る。
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「却下だ」
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強い声。
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「顔が知られている」
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ハギーは静かに頷く。
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「認証式で、面識があります」
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ミネーも続ける。
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「一目で分かりますね」
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完全に封じられる。
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滝が言う。
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「じゃあ使えない」
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簡潔な結論。
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沈黙。
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弱点はある。
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だが――
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突く手がない。
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空気が詰まる。
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その時。
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「……ああ」
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コグシーが、ぽつりと呟く。
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皆が見る。
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「ユダなら、いけるな」
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何気ない一言。
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だが――
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妙に確信がある。
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コーナンが視線を向ける。
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サカンも、黙って見る。
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ハギーは静かに待っている。
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滝だけが首をかしげる。
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「……何がだ?」
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本気で分かっていない。
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ミネーが、小さく息を呑む。
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そして――
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ハギーが、静かに口を開く。
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「……ユダなら、可能かもしれませんね」
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やわらかな声。
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だが、確信が混じる。
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空気が、わずかに変わる。
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その時。
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ユダが、ゆっくりと動く。
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何も言わない。
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ただ――
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顔に手をかける。
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覆面。
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外す。
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ゆっくりと。
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隠されていた素顔が現れる。
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静寂。
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空気が、一変する。
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コーナンが、目を見開く。
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サカンが息を止める。
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コグシーの視線が、鋭くなる。
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ミネーが、言葉を失う。
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ハギーが、わずかに目を細める。
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その中で。
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滝だけが。
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「……は?」
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素で漏らす。
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ユダは、何も言わない。
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ただ、そこに立っている。
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それだけで――
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答えになっていた。
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夜は、深い。
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だが――
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道は開いた。
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内側へ。
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覆面の、向こう側へ。




