第31話 影を追う影
夜の路地に、足音はない。
だが、影は動いていた。
ユダは距離を保つ。呼吸を浅くし、気配を消す。
前を行く男――連絡役。
一定の速度で歩いているように見える。
だが違う。
ふいに歩みが緩む。
次の瞬間、加速した。
(……やっているな)
尾行を振る動きだった。
ユダは追わない。
角を一つ遅れて曲がり、視線も合わせず、人の流れへ自然に紛れ込む。
男はさらに進む。
だが、同じ路地へ戻ってきた。
円を描くように。
(確認か)
ユダは立ち止まらない。
店先の影で足を止めたふりをし、別の方向へ視線を流す。
ただの通行人になる。
男はそのまま通り過ぎた。
振り返らない。
だが、疑ってはいる。
(十分だ)
ユダは再び距離を取った。
男は港の喧騒を抜け、細い路地へ入る。
やがて足を止めた。
灯りのない建物。
周囲を一度だけ確認すると、中へ入っていく。
ユダは動かない。
時間だけが静かに過ぎていく。
やがて扉が開いた。
出てきた男は、同じ人物だった。
だが、別人のようだった。
整った制服。
無駄のない仕立て。
胸元には見慣れた章が光る。
(……総督府)
男は姿勢を正し、先ほどまでの“裏”の気配を完全に消していた。
今度は何も隠さず、大通りへ向かって歩き出す。
ユダはすぐには動かない。
数拍置いてから静かに後を追う。
距離を取り直し、人混みに紛れながら尾行を続けた。
男は灯りと人波の中を迷いなく進み、やがて大きな建物の前で足を止める。
門。
衛兵。
そして掲げられた紋章。
(……ここか)
総督府。
男はそのまま門をくぐる。
衛兵は止めない。
当然というように。
ユダは影に身を潜め、それ以上は追わなかった。
(繋がった)
静かに息を吐く。
だが、違和感は消えない。
(あの男が終点ではない)
もっと上がいる。
確実に。
ユダは総督府の奥へ視線を向けた。
灯りの届かない、その先へ。
(……まだ先だ)
静かに踵を返す。
報告のために。
そして――その”上”を引きずり出すために。




