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第29話 集約

 宿の一室。



 空気が、重い。



 その重さは、言葉にしなくても全員が感じていた。



 ――一人を除いて。



 「……別に」



 ミネーが、そっぽを向く。



 明らかに機嫌が悪い。



 それを見て首をかしげる。



 「……どうした」



 「なんでもありません」



 即答。



 だが、その空気に気づいていないのは滝だけだ。



 コーナンが小さく咳払いをする。



 「では、情報の整理をします」



 机に紙が広げられる。



 「こちらは収穫なしです」



 コーナンが落ち着いた声で言う。



 サカンも続ける。



 「表の流れでは、核心には届きません」



 「総督府の管理が強すぎます」



 「帳簿を見るしかありません」



 コグシーが腕を組む。



 「ならば、こちらで用意しよう」



 やや気取った口調。



 「方面監察官名義の命令書だ」



 「時間は?」



 「命令書はそれほどかからない」


 「方面監察官にも手紙を送った」



 短く言い切る。



 滝は頷く。



 「後でいい」



 優先が見える。



 「まずは、下から詰める」



 自然な流れだった。



 ――そのはずだった。



 「……それで」



 ミネーが口を開く。



 「接触した場所は、どんなところだったんですか?」



 穏やかな声。



 だが、少しだけ棘がある。



 考える。



 「……肉が柔らかくてよかった」



 素直な感想。



 ミネーの笑みが、ゆっくり深くなる。



 「そうですか」



 静かに。


 冷たく。



 皆が首をかしげる。



 「……?」



 ハギーが小さく息を吐く。



 そして――



 「……私も、そのお店に行ってみたいですね」



 やわらかな声。



 ミネーがぴくりと反応する。



 「……?」



 誰も説明しない。



 ただ、空気だけが少しずれている。



 その中で――



 「……一つ、よろしいですか」



 ハギーの声。



 全員の視線が向く。



 コーナンが頷く。



 「どうぞ」



 ハギーは、少しだけ間を置く。



 「“上”についてですが」



 コグシーが眉を動かす。



 「……今、その話をしている」



 「はい」



 静かに頷く。



 そして――



 「実は」



 空気が、止まる。



 ミネーが、横で小さく息を吐く。



 「昨日、接触しています」



 沈黙。



 コーナンの手が止まる。



 サカンが、ゆっくりと顔を上げる。



 滝も、わずかに目を細める。



 「……何と?」



 コグシーの声が低くなる。



 ハギーは、淡々と続ける。



 「社交場にて」



 「上に繋がる紹介を得ました」



 「その先に触れるには、“相応の後ろ”が必要だと」



 完全な静寂。



 一拍。



 コグシーが、一歩踏み出す。



 「……誰の許可で動いた」



 空気が張り詰める。



 ミネーが一歩前に出る。



 「私が――」



 「違います」



 被せるように、ハギーが言う。



 一瞬の静止。



 「私が言い出しました」



 「必要だと判断しました」



 コグシーの視線が鋭くなる。



 「軽率だ」



 「護衛の意味を理解しているのか」



 ミネーが、静かに続ける。



 「理解しています」



 「ですが――」



 一瞬だけ、言葉を選ぶ。



 「滝様にばかり、危険な役を任せるわけにはいきません」



 空気が、わずかに揺れる。



 「私たちも動きます」



 「そのための立場です」



 ハギーも、小さく頷く。



 「結果は出ています」



 「無駄ではありません」



 張り詰めた空気。



 コグシーが言い返そうとした、その時。



 「……いい」



 滝の声。



 全員の視線が向く。



 「結果が出てる」



 椅子から立ち上がる。



 それだけ言う。



 そして――



 腰に手を当てる。



 「……ちょっと腰に来てる」



 率直な一言。



 「長くやるもんじゃないな」



 ぼそり。



 一瞬の間。



 ミネーの視線が刺さる。



 「……そうですか」



 低い声。



 滝は気づかない。



 「責任は俺が持つ」



 続ける。



 「だから、今は使う」



 静かな声。



 だが――


 それで十分だった。



 沈黙。



 やがて、コグシーが息を吐く。



 「……次はない」



 低く言う。



 ミネーは、小さく頷いた。



 「承知しています」



 空気が、わずかに緩む。



 コーナンが口を開く。



 「……では」



 「下と上、両面から詰められますな」



 サカンも頷く。



 「一気に距離が縮まりました」



 滝は、短く言う。



 「明日だ」



 「上に繋げる」



 視線が揃う。



 もう、迷いはない。



 そして――



 ミネーの表情は、少しだけ柔らいでいた。



 理由は、誰も聞かない。



 ただ一人を除いて。



 「……?」



 滝だけが、まだ分かっていなかった。



 夜は、静かに更けていく。



 次は――動く。

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