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第28話 もう一つの接触

 その頃――



 宿の一室。



 灯りは落とされ、静かな時間が流れている。



 他の者たちは、すでに出ていた。



 ハギーは、窓の外を見ている。



 港の灯りが、遠くに揺れていた。



 「……このままで、いいのでしょうか」



 ふと、呟く。



 ミネーが視線を向ける。



 「何がですか」



 ハギーは、少しだけ考え――



 「滝様だけに、危険なことを任せたままで」



 静かな声。



 「役に立ちたいのです」



 ミネーは、一瞬だけ目を細める。



 「……父上、いえ、侍従長は、反対されます」



 「分かっています」



 間。



 ハギーは、窓から視線を外さない。



 「ですが」



 「何もせずに待つだけでは、意味がありません」



 その声に、迷いはなかった。



 ミネーは、小さく息を吐く。



 「……本当に、困った方ですね」



 だが――



 その口元は、わずかに緩んでいる。



 「分かりました」



 「お供します」



 ハギーが、静かに頷く。



 「ありがとうございます」



 短い言葉。



 だが、その意味は重い。



 ミネーは扉へ視線を向ける。



 「……侍従長には」



 「後で怒られましょう」



 小さく笑う。



 ハギーも、わずかに笑った。



 そして――



 二人は、音を立てずに部屋を出る。



 廊下は静まり返っている。



 足音を殺し、階段を降りる。



 誰にも気づかれないまま――



 外へ。



 夜の空気は、少しだけ冷たい。



 だが、その中に混じる気配は――



 昼とは違う。



 人の流れ。


 視線。


 声の質。



 ミネーが、周囲を見渡す。



 「……こちらです」



 迷いはない。



 ハギーは頷く。



 並んで歩く。



 やがて――



 港の喧騒から離れた一角。



 灯りは柔らかく、音は抑えられている。



 通りの空気そのものが違った。



 重厚な扉の前。


 セキ一番の社交場。


 港の噂も商人の裏話も、まずここに流れ着くという。



 黒服が二人、静かに立っている。



 無言の番人。



 二人は、その前に立つ。



 一瞬の間。



 視線が二人を測る。



 服装、所作、立ち方。



 やがて――



 静かに扉が開いた。



 二人は、顔を見合わせることもなく中へ入る。



 空気が変わる。



 香り、灯り、音。


 すべてが整えられている。



 低い声の会話。


 控えめな笑い。



 ――社交場。



 席に着く。



 その瞬間から、視線が集まる。



 だが、それは露骨なものではない。



 “興味”と“確認”。



 やがて――



 最初の一人が来た。



 「失礼」



 軽く一礼。


 柔らかな物腰。



 「お見かけしないお顔でしたので」



 ハギーは微笑む。



 「ええ、少し立ち寄っただけです」



 短いやり取り。



 それで終わらない。



 二人目。


 三人目。



 自然な流れで、会話が重なる。



 「どちらから?」


 「お一人で?」


 「こちらにはよく?」



 問いは柔らかい。


 だが、核心を探っている。



 ミネーが、さりげなく答える。



 「ええ、商いの関係で」



 「少し、顔を出しただけです」



 曖昧に。


 だが、曖昧すぎない。



 その中で――



 「……王家御用の商人筋、ですか」



 一人が、ぽつりと言う。



 空気が、わずかに変わる。



 誰も否定しない。


 肯定もしない。



 だが――



 それで十分だった。



 噂が回る。



 速く、静かに。



 視線の質が変わる。



 “客”を見る目から――


 “関係者”を見る目へ。



 そして――



 本命が来た。



 男が一人。



 整えられた服。無駄のない所作。



 それまでの者とは、明らかに違う。



 「失礼」



 穏やかな声。



 「少し、お時間を」



 ハギーは頷く。



 男は座ることなく、距離を保ったまま続ける。



 「最近、港の動きが変わっている」



 前置きはない。



 ミネーが自然に応じる。



 「そう聞きました」



 男の視線が、わずかに鋭くなる。



 「特定の品だけが、特別扱いされている」



 「倉庫の出入りにも例外がある」



 核心に触れる。



 ハギーは頷くだけ。



 促さない。



 男は続ける。



 「ですが――」



 わずかに声を落とす。



 「その先に触れるには、相応の後ろが必要です」



 試す目。



 ハギーは微笑む。



 「では、その方にお会いしたいものです」



 静かな言葉。



 ミネーも添える。



 「ご紹介いただけるのであれば、ですが」



 男は、二人を見る。



 やがて――



 「……面白い」



 小さく笑う。



 「話は通しましょう」



 それで十分だった。



 ――繋がった。



 店を出る。



 夜の空気が、わずかに軽い。



 通りを戻る。



 やがて、賑やかな一角が見える。



 強い灯り。


 笑い声。



 ミネーが、ふと視線を向ける。



 「……あ」



 小さく声を漏らす。



 娼館の入口の前。



 見覚えのある背中。



 滝だ。



 誰かに肩を叩かれ、立ち止まっている。



 ハギーもそちらを見る。



 「……賑やかなお店ですね」



 それだけ言う。



 店の正体までは分かっていない。



 ミネーは、ほんの少しだけ口を尖らせる。



 「……仕事、ですよね」



 小さな声。



 ハギーは微笑む。



 「ええ」



 それ以上は言わない。



 だが――



 ミネーの歩幅が、わずかに速くなる。



 ハギーは気づいているが、何も言わない。



 静かに、隣を歩く。



 ――その頃。



 滝もまた、“上”へと繋がる扉を叩こうとしていた。

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