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第26話 紛れた影

 朝靄の中、港はすでに動いていた。



 掛け声。縄の軋み。木箱がぶつかる鈍い音。

 セキの港――倉庫街は、人と荷で満ちている。



 その中に、滝は紛れていた。


 粗末な作業着。肩に縄。手には使い古しの手袋。

 どこにでもいる、日雇い人夫の一人。



 ――こうなった経緯は、昨夜に遡る。



 宿の一室。机の上には、ホウブのメモ。



 「まとまって動けば、確実に目立つ」


 コーナンが低く言った。



 「メモにある倉庫街は閉じた場所だ。外からの人間が出入りすれば、すぐに記録に残る」


 サカンが続ける。



 頷く。


 「向こうに警戒される」



 「それは――」


 視線を向ける。


 ハギー。



 「あなたを危険にさらすことになる」



 静かな言葉。



 ハギーは少しだけ考え――


 やがて、頷いた。



 「では、分かれて動くべきですね」



 「はい」



 ミネーが口を開く。


 「私はハギー様とご一緒します」



 自然な流れだった。


 誰も反対しない。



 コーナンが小さく頷く。


 「理にかなっています」



 サカンも続ける。


 「我々は表の流れを見ます。記録と出入りの整合性を」



 「ユダは?」



 問いに、ユダは何も言わない。


 ただ――わずかに視線を上げる。



 「影だな」


 滝が言う。


 「尾行と監視。必要なら――排除」



 ユダは、静かに頷いた。



 残るは――



 「問題は、倉庫の中だ」



 「日雇い、ですか?」


 ハギーが、少し興味深そうに言う。



 「ええ。自然に入り込めます」



 「面白そうですね」



 一瞬、空気が止まる。



 「……やってみたいです」



 コーナンが咳払いをした。


 「いえ、それは――」



 「さすがに危険です」


 サカンも続ける。



 滝は小さく息を吐く。



 「却下だ」



 ハギーが、少しだけ残念そうに笑う。



 「では、どなたが?」



 全員の視線が――自然とこちらに集まる。



 「……だろうな」



 肩をすくめる。



 「一番自然だ」


 コーナン。



 「違和感がありません」


 サカン。



 ユダは何も言わないが、覆面から覗く目は否定していない。



 ミネーがくすっと笑う。


 「お似合いですよ」



 「嬉しくないな」



 小さく返す。



 そのやり取りのあと――



 ハギーは、静かに口を開いた。



 「……私は、残ります」



 短い一言。



 だが、その声にはわずかな硬さがあった。



 ミネーが、ちらりとハギーを見る。



 私は、その違和感に気づきながらも――


 深くは追わなかった。



 「分かりました」



 それだけ答える。



 こうして――役割は決まった。



 ――そして今。



 港には、様々な顔があった。


 背の高い者。やけに小柄な者。

 肌の色も、言葉も、ばらばらだ。



 怒鳴り声も、笑い声も、訛りだらけで統一感がない。



 ――だからこそ。



 滝のような人間が、一人紛れていても誰も気にしない。



 むしろ――



 「普通の顔が一人だけいる方が浮くな」



 小さく呟く。



 (……“普通すぎる”のも考えものだな)



 わずかに口元が緩む。


 だが、それも一瞬だ。



 「おい、新入り!」


 怒鳴り声が飛ぶ。


 「そっちじゃねぇ、こっちだ!」



 手を上げて応じる。


 歩きながら、視線だけを動かす。



 倉庫の配置。人の流れ。荷の種類。


 そして――印。



 木箱の側面に、黒い焼印。



 「……やっぱりな」



 ホウブのメモ。


 あの走り書きと同じ印。



 港。倉庫。印。



 ここに繋がる。



 「ぼさっとするな!」



 木箱を担ぐ。


 重い。 


 腰にくる。



 (長くはもたん……)



 顔には出さず、流れに乗る。



 倉庫の奥。


 整いすぎた配置。


 揃いすぎた動き。



 そして――


 人の少ない区画。



 同じ印の箱が集められている。



 「……当たりか」



 「そこ、何してる」



 低い声。監督役だ。



 「持ち場に戻れ」



 「すぐ行く」



 歩きながら、思考をまとめる。



 表――コーナンとサカン。

 影――ユダ。

 現場――滝。



 悪くない配置だ。



 (……腰が持てばいいがな)



 小さく息を吐く。



 視線の先――黒い印。



 ホウブのメモ。


 この倉庫。



 そして――隠された流れ。



 「……ただの荷じゃない」



 確信が、形になる。



 港の喧騒は変わらない。



 だが、その裏で――



 何かが、確実に動いている。



 ――ここが、起点だ。

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