第19話 依頼
宿の食堂は、いつもより賑やかだった。
「いやぁ、本当に助かりましたよ」
女将が何度も頭を下げる。
卓には料理が並び、湯気が立っている。
「ほらイワク、お礼はちゃんと――」
「言ったよ!」
イワクが頬を膨らませる。
だが、どこか誇らしげだ。
「でも、もう一回言う」
そう言って、イワクは真っ直ぐこちらを見た。
「……ありがとう」
ハギーが微笑む。
「はい」
柔らかい声。
それだけで、場の空気が和らぐ。
⸻
その時だった。
コンコン、と扉が鳴る。
女将が顔を上げる。
「こんな時間に……?」
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
立っていたのは、鎧姿の男。
昼間の下士官とは違う。
士官の階級章。
そして――後ろに控える、身なりの整った男。
「失礼する」
低く落ち着いた声。
「憲兵隊隊長のグラドだ」
続けて、もう一人が一礼する。
「町長のルイスと申します」
女将が息を呑む。
「こ、これは……」
「すぐに終わる」
グラドが制し、視線をこちらへ向ける。
まっすぐに。
値踏みするように。
「……あの件だ」
短く言う。
「先ほどの件、見事だった」
滝は肩をすくめる。
「偶然ですよ」
「偶然で片付けるには出来すぎている」
間を置く。
「協力を願いたい」
⸻
空気が、張り詰める。
コグシーが静かに口を開く。
「どういうことでしょう」
グラドは一度だけ町長を見る。
レイスが前に出た。
「……この町で、盗難事件が続いております」
静かな口調。
だが、その奥に疲労が滲む。
「最初に狙われたのは、町一番の商家」
「それ以降、警戒を強めました」
「ですが――」
言葉が詰まる。
グラドが引き取る。
「その裏をかかれた」
低い声。
「その後狙われたのも裕福な家ばかりだ」
「しかも、警戒の薄い場所を正確に」
「偶然とは思えん」
滝は腕を組む。
「内部の情報が漏れている可能性は?」
「否定できん」
即答だった。
「だが、それだけでは説明がつかない」
グラドの目が細くなる。
「火事だ」
「火事?」
滝の隣で話を聞いていたコーナンが反応する。
「盗難と前後して、火事が起きている」
町長が続ける。
「倉や空き家……被害は限定的ですが」
「だが、目を逸らすには十分だ」
「陽動……」
滝は小さく呟く。
グラドが頷く。
「結果、我々は振り回されている」
「人も足りん」
「警戒は広がり、穴も増える」
沈黙。
重い。
「……税も上げた」
町長が、絞り出すように言う。
「このままでは、町が持ちません」
食堂が静まり返る。
さっきまでの温かさが、消えていた。
⸻
「それで」
滝は口を開く。
「なぜ、我々に?」
グラドの視線が刺さる。
「外部だからだ」
即答。
「しがらみがない」
「固定観念もない」
「そして――」
一瞬だけ間を置く。
「結果を出した」
短く、言い切る。
⸻
……なるほどな。
理屈は通っている。
だが。
ちらりと横を見る。
コグシー。
渋い顔だ。
当然だろう。
余計な火種は増やしたくない。
今は“お忍び”だ。
その視線の先――
ハギーが、静かにこちらを見ていた。
期待しているのが、隠しきれていない目だった。
……やれやれ。
内心でため息をつく。
「条件があります」
そう言うと、グラドの眉がわずかに動いた。
「聞こう」
「こちらの存在は、表に出さないこと」
「関わる人数も最小限」
「情報はすべて共有」
間を置く。
「それが守れるなら、協力します」
沈黙。
数秒。
やがて――
「いいだろう」
グラドが頷いた。
「約束する」
町長も深く頭を下げる。
「どうか、よろしくお願いいたします」
⸻
決まりだな。
そう思った、その時。
「面白くなってきましたね」
ハギーが、静かに言った。
その目は――
どこか楽しんでいるようにも見えた。
⸻
――小さな盗難事件。
そのはずだった。
だが。
「火事と陽動か……」
滝は小さく呟く。
頭の中で、点が並び始める。
まだ繋がらない。
だが――
これは、ただの偶然じゃない。
視線を上げる。
窓の外。
夜の町は、静かだった。
静かすぎるほどに。




