第165話 変貌
飲み物を持ってきた女性が、コーナンの前で足を止めた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
コーナンがグラスを受け取ろうとした。
女性の顔を見た瞬間、手が止まる。
「……え?」
グラスが傾き、中の飲み物がこぼれた。
「おっと」
コーナンは慌てて持ち直す。
女性は華やかな服装に身を包み、髪を普段とは違う形にまとめていた。化粧も施されている。
滝もハギーも、すぐには気づかなかった。
「……レン?」
コーナンが呟く。
女性はにっこりと笑った。
「どうなさいました?」
声も普段とは違う。
それでも、レンに間違いなかった。
コーナンは言葉を失った。
その様子を見ていた周囲の客たちが、楽しそうに笑う。
「またあの娘が来たぞ」
「今日は一段と綺麗だな」
「さっきから、あの娘目当ての客が増えてるぞ」
レンはそんな声にも慣れた様子で、客たちに愛想よく微笑んでいる。
この賭場に来て、まだそれほど時間は経っていないはずだ。
それでも、その美貌と愛嬌で、すでに賭場の花になっている。
カッタが楽しそうに笑う。
「レンさんが結婚するのなら、私の商売も知っておきたいと言われましてね」
「今日は手伝ってもらっているのですよ」
レンは上品な笑みを浮かべた。
「ええ」
その返事も、普段のレンとは違う。
カッタは満足そうに頷く。
「彼女もすっかり、この場所に馴染んでくれましてね。お客様にも人気があるようです」
レンの周囲から、また声が飛ぶ。
「レンさん、こっちにも頼むよ」
「はい、ただいま」
レンは柔らかく微笑みながら、客へ酒を渡す。
その姿を、コーナンがぼんやりと見つめていた。
「……綺麗ですね」
思わず口から漏れた言葉に、コーナン自身がはっとする。
「……失礼しました」
滝はレンを眺め、それからコーナンを見る。
「まあ、確かにな」
「滝様まで……」
ミネーの声が、すっと低くなった。
「いや、事実だろ」
「事実でも、わざわざお認めになる必要はないと思いますが」
ミネーが少し頬を膨らませる。
滝は一瞬、言葉に詰まった。
コーナンも気まずそうに視線を逸らす。
「……すみません」
「コーナン、お前は謝らなくていい」
「はい……」
滝は苦笑した。
改めてレンを見る。
なるほど。
この美貌と愛嬌なら、短い間に賭場の花になったとしても不思議ではない。
失踪したレンを探しているグレン一家には、まだ見つかっていない。
その裏でレンは、別人に化けて賭場の客たちを魅了している。
いかにもレンらしいやり方だった。
カッタはそんなレンの様子を満足そうに眺めていた。
「せっかくですから、皆さんも名物のギャンブルでもして楽しんでいってください」
そう言うと、軽く頭を下げる。
「私は少し席を外します」
カッタは倉庫の奥へ歩いていく。
レンはその背中を見送ってから、ハギーたちに向き直った。
お淑やかな笑みを浮かべている。
だが――目は笑っていなかった。
滝はその表情から、レンが何かを考えていると察した。
隣を見る。
ハギーも同じようにレンを見ていた。
二人の視線が合い、ハギーがわずかに笑う。
カッタが十分に離れたところで、レンは滝の前に来た。
「どうぞ」
酒の入ったグラスを差し出す。
滝が受け取ると、レンは小さな声で囁いた。
「お客様、お代わりは三回までですよ」
滝の目がわずかに動く。
聞き返さず、グラスを口元へ運んだ。
酒を飲み干し、空になったグラスをレンへ返す。
「いい夜になりそうだ」
滝はチップを一枚、レンに渡した。
レンは何事もなかったように受け取る。
滝がハギーを見ると、ハギーも何かに気づいたように笑顔を返した。
二人は賭場へ視線を向ける。
華やかな笑い声。
酒の匂い。
金の音。
中央の卓を取り囲む大勢の客たち。
その中で、レンはすでに賭場の花になっていた。
だが、その笑顔の裏で何を探っているのか。
それはまだ分からない。
滝は静かに目を細めた。
この夜、何かが起きる。
そんな予感がしていた。




