第163話 倉庫の中
案内の男たちに続き、一行は夜の倉庫街の中へ進んでいった。
倉庫が立ち並ぶ通りをしばらく歩く。
やがて、一際大きな倉庫の前で案内の男が足を止めた。
「こちらです」
男はそう言うと、手にしていた灯りを大きく振った。
すると――
倉庫の扉ではなく、その横の壁がゆっくりと反転した。
「……!」
壁の一部が動き、人が一人通れるほどの入り口が現れる。
まるで忍者屋敷の返し戸のような仕掛けだった。
「まあ……」
ハギーが目を丸くする。
ミネーも驚いたように、現れた入り口を見つめた。
「倉庫の壁そのものが……」
「よくできていますね」
コーナンも感心したように呟いた。
滝は黙って仕掛けを見ていた。
ただの倉庫ではない。
ここが、カッタ連合の賭場なのだろう。
「どうぞ」
案内の男に促され、一行は壁に現れた入り口をくぐった。
その瞬間だった。
「……これは」
滝が思わず呟いた。
倉庫の中は、外から想像していたものとはまるで違っていた。
そこは、さながら大きなパーティー会場だった。
周囲にはいくつものテーブルが並び、その上には豪華な料理や酒が所狭しと置かれている。
料理人たちが料理を運び、給仕たちが客の間を忙しそうに行き交っていた。
客も様々だった。
ハギーたちと同じように顔を仮面で隠した、裕福な身なりの者。
旅人と思われる者。
そして、この町で働いていると思われる労働者や、主婦らしき女たちまでいる。
身分も職業も違う人々が、同じ場所で酒を飲み、料理を食べ、笑い声を上げていた。
倉庫の中は、想像していた賭場とはかけ離れた、華やかな熱気に包まれていた。
「想像していたより、ずいぶん華やかですね」
ミネーが周囲を見回す。
「本当に賭場なのでしょうか?」
ハギーも興味深そうに辺りを見ていた。
「賭博をする場所というより、社交場のようですね」
コーナンが呟く。
「ですが……」
サカンが視線を向けた。
倉庫の中央に、大勢の人間が集まっている。
そこだけは、周囲とは明らかに空気が違った。
人だかりの中央には、大きな台が置かれている。
その周囲を囲むように、何人もの男たちが座っていた。
どうやら、あそこが賭場らしい。
一行は少し離れたところから、その様子を眺めた。
すると、賭場の係員と思われる男が前へ出てきた。
男の手には、シェイカーのような筒状の道具がある。
男はそれを勢いよく振った。
中から、複数の小さな物が転がる音が聞こえた。
何度か振った後、男は客に中身が見えないように、そのまま台の上へ置いた。
そして、声を張り上げる。
「ハン!」
続いて、
「チョウ!」
滝の目が大きく開いた。
男が筒状の道具を持ち上げる。
中から現れたのは――
二つの小さな立方体だった。
「……サイコロ?」
滝が呟いた。
次の瞬間、賭場にいた男たちから大きな歓声が上がった。
「来たぞ!」
「やった!」
「くそっ!」
歓声と怒号。
喜ぶ者もいれば、頭を抱える者もいる。
その光景を見つめながら、滝は目を細めた。
見覚えがある。
この賭け事を知っている。
「……半丁博打」
滝の口から、思わず言葉が漏れた。
「滝様?」
ミネーが振り返る。
滝は答えず、もう一度、賭場の中央を見た。
二つのサイコロを振り、出た目の合計が奇数か偶数かを賭ける。
ハンか、チョウか。
滝が知る、日本の賭博と同じだった。
「サカン」
「はい」
「あれは、どんな賭け事なんだ?」
サカンはしばらく賭場を眺めた。
「……申し訳ありません。私は初めて見ます」
「コーナンは?」
「私も知りません」
コーナンも首を傾げる。
ミネーも、目の前で行われている賭博を理解できない様子だった。
そして、コグシーもじっと賭場を見つめていた。
「私も……」
コグシーが呟く。
「サイコロというもの自体、初めて見る」
最年長のコグシーですら、初めて見る。
その言葉に、滝は改めて目の前の光景を見た。
誰も知らない。
サイコロという道具も。
それを使った賭博も。
それなのに、ここでは大勢の人間が、それを当たり前のように楽しんでいる。
「サイコロ、か……」
滝は小さく呟いた。
そして、もう一度、賭場の中央を見る。
サイコロの形。
振り方。
台の形。
そして、ハンかチョウかを当てる賭け方。
どれも滝には覚えがあった。
「……おかしい」
滝が小さく呟いた。
「何がですか?」
ミネーが尋ねる。
「この賭け事だ」
滝は賭場を見つめたまま答えた。
「これは、この世界で自然に生まれたものじゃない」
「どういうことです?」
サカンが聞き返す。
滝はしばらく黙っていた。
賭場では、また男が筒を振っている。
その動き。
客の賭け方。
何もかもが、滝の知るものと重なっていた。
「サイコロを知っている人間が、この世界にいる」
滝の声が低くなる。
「そして、ハン・チョウの賭博を知っている人間もいる」
ミネーが滝を見る。
「つまり……」
「ああ」
滝は答えた。
「この賭け事を考えたのは、俺と同じ世界から来た人間かもしれない」
一行の間に、静かな緊張が走った。
滝の脳裏に、あの男の顔が浮かぶ。
佐田仁。
まだ確証はない。
ここに佐田仁がいるという証拠もない。
だが、滝の中では、一つの可能性として無視できなくなっていた。
そのときだった。
「――お待ちしておりました」
背後から、男の声がした。
一行が振り返る。
いつの間に近づいてきたのか。
黒い服を着た一人の男が、少し離れた場所に立っていた。
男は滝たちに丁寧に頭を下げる。
「今夜は、ようこそお越しくださいました」




