第162話 夜の倉庫街
夜の倉庫街。
その入り口に、一台の馬車が静かに停まった。
馬車から降り立ったのは、滝たち一行だった。
ハギー、ミネー、コーナン、サカン、そしてコグシーは、普段とはまるで違う装いに身を包んでいる。
ハギーとミネーは、夜の街でも目を引くほど華やかなドレス姿。顔には蝶を模した仮面をつけ、上品な宝飾品を身につけていた。
コーナンも仕立てのよい衣装に身を包み、サカンとコグシーも、それぞれ身分の高い客に見える服装を整えている。
誰が見ても、ただの旅人には見えない。
お忍びで遊びに来た、裕福な貴族や大商人の一行。
その設定が、これほど似合う者たちも珍しかった。
というより、ハギーたちは紛れもなく高貴な身分の人間である。
飾り立てた衣装も、上品な立ち居振る舞いも、演技ではなかった。
一方、滝とユダは覆面をつけ、従者の装いとなっていた。
滝も当初は、ハギーたちに合わせて着飾る予定だった。
しかし、試しに衣装を身につけてみたところ、どうにも似合わない。
本人も周囲も、しばらく言葉を失ったほどだった。
結局、滝は貴族に付き従う護衛兼従者という設定に落ち着いた。
ユダも同じく覆面姿で、ハギーたちの後ろに控えている。
そもそも、ハギーたちを賭場へ連れて行くつもりはなかった。
だが、お忍びの高貴な客という設定で潜入するなら、滝たちだけではどうしても不自然になる。
それに、グレン一家の客だと分かれば、カッタ連合も無用な危害は加えないはずだ。
何より、ハギー本人が強く同行を希望した。
ユダとミネーがいるのなら問題ないだろう。
そう判断した結果、結局は全員で賭場へ向かうことになったのである。
「まあ……こういう格好をするのは、初めてです」
ハギーは蝶の仮面に指を添えながら、楽しそうに倉庫街の入り口を見回していた。
「それに、これから賭場へ行くのですね」
声にも、隠しきれない期待が滲んでいる。
「お忍びとはいえ、遊びに来た貴族に見えますでしょうか?」
「ええ。十分すぎるほどです」
ミネーが微笑む。
「むしろ、本物の貴族にしか見えません」
「そうですか。では、今夜は存分に楽しめそうですね」
ハギーは嬉しそうに答えた。
その様子を見ながら、滝は小さく息を吐いた。
賭場へ向かうというのに、どうにも遠足に出かける子供のように見える。
もっとも、ハギーにとっては、これもまた未知の世界を知る機会なのだろう。
一行が倉庫街へ足を踏み入れようとした、そのときだった。
「……少し待ってくれ」
滝が足を止めた。
視線の先に、倉庫街の壁際で身を縮めている男がいた。
先ほど、レンが倉庫街へ向かったと証言したホームレスだった。
「滝様?」
ミネーが振り返る。
「少し話をしてくる。先に行かず、ここで待っていてくれ」
「分かりました」
滝は一人で男のもとへ歩いていった。
男は滝の姿を見上げると、わずかに身を引いた。
覆面をつけた従者姿の男が近づいてきたのだから、警戒するのも無理はない。
だが、滝は穏やかに声をかけた。
しばらくの間、二人は小声で話をしていた。
やがて滝は懐から銀貨を数枚取り出し、男の手に握らせた。
男は驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を緩める。
滝も小さく笑みを浮かべ、男の肩を軽く叩いた。
そして、何事もなかったかのように一行のもとへ戻ってきた。
「何を話していたのですか?」
ハギーが尋ねる。
「いい話を聞いたので、その礼をしただけだ」
滝は微笑んだ。
それ以上は語らなかった。
ミネーが滝の表情を見つめる。
何かを隠している。
そう感じたのかもしれない。
だが、今は問いたださなかった。
そのときだった。
「お客様方」
倉庫街の奥から、声がかかった。
灯りを手にした男たちが、こちらへ歩いてくる。
服装は、どこかの店の給仕人を思わせるものだった。
先頭の男が足を止め、丁寧に頭を下げる。
「お待ちしておりました。今夜は、当店へお越しいただきありがとうございます」




