第160話 消えた足取り
「レン様が……宿を出ました!」
「それから……行方が分かりません!」
グレンの屋敷に飛び込んできた男の報告に、食堂の空気が凍りついた。
「どういうことだ?」
グレンが立ち上がる。
「宿の者に見張らせていたはずだろう」
「はい。それが……」
男は息を整えながら答えた。
「部屋には灯りがついていました。窓から見ても、人影が見えていたので、てっきりレン様は部屋にいるものと……」
「それで?」
「しばらくしてから確認に行ったところ、部屋には誰もいませんでした」
「何だと?」
滝たちは急いで宿へ向かった。
レンの部屋に入ると、確かに灯りがついたままになっていた。
そして窓際には、一脚の椅子。
そこにはレンが普段使っていたベールと外套が掛けられている。
カーテン越しに見れば、まるで誰かが椅子に座っているようにも見える。
「……なるほど」
滝が呟いた。
「灯りをつけ、ベールと外套を椅子に掛けたのか」
ユダが頷く。
「外から見れば、人がいるように見えますね」
「それだけじゃない」
滝は部屋を見回した。
「宿を出る時も、普通に一人で出たわけじゃない」
「どういうことです?」
コーナンが尋ねる。
「宿には他にも客がいる。レンは、その集団客に紛れたんだろう」
宿の者に確認すると、夜になってから何組かの客が宿を出ていた。
その中にレンが紛れ込んでいたらしい。
宿の者も、わざわざ客の顔を一人ずつ確認してはいなかった。
「……見事ですね」
コーナンが感心する。
「完全に騙された」
サカンも苦笑した。
「まさか、あの娘がここまでやるとはな」
ハギーも小さく頷く。
「レンさんは、思っていた以上に用意周到な方なのですね」
「親分の娘ですから」
バグが苦笑する。
「こういうところだけは、昔から妙に頭が回るんですよ」
滝は椅子に掛けられたベールを見つめた。
レンは、自分がいなくなったことに気づかれても、すぐには行き先を知られないようにしていた。
おそらく、滝たちに説得されることを警戒したのだ。
グレンから事情を聞けば、滝たちがレンを連れ戻す側に回る可能性もある。
だからこそ、自分の行き先を隠した。
「……問題は、ここからだ」
滝が言った。
「レンがどこへ向かったのか」
そこから、レンの捜索が始まった。
滝たちだけではない。
グレン一家も総動員して、町中に人を出した。
宿の周辺。
大通り。
市場。
酒場。
馬車乗り場。
鉱山へ向かう道。
レンを見た者がいないか、一つずつ確認していく。
それでも、なかなか足取りは掴めなかった。
ラコクは人が多い。
鉱山で働く者、商人、旅人。
毎日、大勢の人間が町を出入りしている。
一人の若い女が、その中に紛れ込めば簡単には見つからない。
「駄目です」
ユダが戻ってくる。
「こちらも目撃情報はありません」
コーナンも首を振った。
「こちらも同じです」
サカンが周囲を見回す。
「これだけ人を出しても、見つからねえか」
グレン一家の男たちも次々と戻ってくる。
誰も、決定的な情報を持ってはいなかった。
その時だった。
道端に座り込んでいる男が、滝の目に入った。
薄汚れた外套。
伸び放題の髪。
道行く人間を眺めているだけで、誰も声を掛けようとはしない。
滝は、その男の前で足を止めた。
「……あの男」
コーナンが振り返る。
「どうかしましたか?」
「この町に長くいるんじゃないか」
「ホームレスでしょうか」
「たぶんな」
滝は男の前まで歩いていった。
男は滝を見上げた。
警戒している。
滝は懐から包みを取り出した。
それは、先ほどグレンの屋敷で出された料理の残りだった。
「食うか?」
男は驚いたように料理を見る。
「……俺に?」
「ああ」
滝が差し出すと、男はしばらく迷ってから受け取った。
「ありがてえ……」
男は料理を口にした。
滝は急かさず、その様子を黙って見ていた。
やがて男のほうから口を開いた。
「……何か探してるのか?」
滝は男を見る。
「よく分かったな」
「この町で、あんたたちみたいな連中が歩き回ってりゃ、嫌でも分かる」
「そうか」
滝は少しだけ笑った。
「女を探している」
「女?」
「若い女だ。こういうベールを着けていた」
滝がレンのベールを見せる。
男はしばらく考えた。
「……見た気がする」
「どこで?」
「町の東のほうだ」
滝の目が変わった。
「詳しく聞かせてくれ」
男は料理を食べながら話し始めた。
「女は一人だった。けど、途中から別の連中と一緒になった」
「どこへ?」
男は東の方角を指した。
「倉庫群のほうだ」
その言葉を聞いた瞬間、滝の表情が変わった。
「……倉庫群?」
その場所には覚えがある。
少し前、オラヒを追っていたユダが辿り着いた場所だ。
オラヒは宿を出たあと、町外れの倉庫群へ向かった。
ユダはその倉庫群まで追跡したが、夜だったこともあり、無理に踏み込まずに見張った。
そして翌朝になっても、オラヒは倉庫群から出てこなかった。
あの時は、そこで足取りが途切れた。
「……まさか」
ユダも気づいた。
「オラヒが消えた場所ですね」
「ああ」
滝は頷いた。
「レンも、そこへ向かったのか」
二人の失踪が、同じ場所で重なった。
偶然とは思えない。
滝は男に向き直った。
「他に何か覚えているか?」
「女が向かった先なら分かる」
男は答えた。
「俺はあの辺りにいることが多いからな」
滝は男に礼を言った。
そして、仲間たちのもとへ戻る。
「分かった」
「何がです?」
コーナンが聞く。
「レンの行き先だ」
一同が滝を見る。
「レンは、オラヒが消えた倉庫群へ向かったらしい」
バグの表情が変わった。
「……倉庫群ですか」
「ああ」
バグはしばらく黙っていた。
そして、声を落とした。
「あそこは……カッタ連合の縄張りです」
その言葉に、コーナンが顔を強張らせた。
「カッタ連合?」
「そうです」
バグは頷いた。
「あの倉庫群には、カッタ連合が管理している倉庫があります。それに、あの辺りには賭場もある」
「賭場……」
「表向きは倉庫街ですが、夜になると別の顔を見せます」
バグは険しい顔になった。
「そこへ勝手に踏み込めば、カッタ連合と揉める可能性があります」
サカンが眉を寄せる。
「レンがそこにいるかもしれねえんだぞ」
「分かっています」
バグも険しい顔になる。
「ですが、迂闊に手を出せば……抗争になるかもしれません」
その言葉に、滝は倉庫群のある方向を見た。
オラヒが消えた場所。
そして今度は、レンが向かった。
二人の失踪は、同じ場所へつながっている。
ただの偶然なのか。
それとも――。
滝の中で、二つの事件が一本の線でつながり始めていた。




