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第159話 探り合い

 馬車はラコクの中心街を進んでいた。


 やがて、高い塀に囲まれた古い屋敷が見えてくる。


 門が開かれ、馬車はその中へ入っていった。


 門から玄関まで続く道の両脇には、厳つい男たちが立っている。


 誰もがきちんとした服装をしており、馬車が通ると一斉に頭を下げた。


 世界は違う。


 それでも――。


「……いかにもだな」


 滝は思った。


 どう見ても、ヤクザの親分の屋敷にしか見えない。


 隣ではサカンとコーナンが緊張した面持ちで周囲を見回している。


 一方、ハギーは明るい笑顔で、男たちに丁寧に会釈を返していた。


「レンさんは、やはり良家の方なんですね」


 ハギーが、どこか呑気な声で言った。


「……そのようで」


 滝が呟く。


 やがて馬車が玄関前で止まった。


 バグが先に降りる。


「こちらです」


 ハギーたちを屋敷の中へ案内する。


 玄関を入ると、そこにも独特の雰囲気があった。


 壁には鎧や刀剣が飾られている。


 その隣には、立派な陶器の類。


 そして、ひときわ目を引くのが、一人の男の肖像画だった。


 厳つい顔。


 堂々とした体格。


 正装を身にまとい、こちらを見据えている。


「親父の肖像画です」


 バグが説明した。


「……」


 コーナンが息を呑む。


 滝も肖像画を見上げた。


 なるほど。


 確かに、ただ者ではない。


「こちらへ」


 バグに促され、一行は客間へ向かった。


 扉が開く。


 広い客間の奥に、一人の男が立っていた。


 先ほど見た肖像画と同じ顔。


 グレンだった。


「よく来てくれましたな!」


 グレンは明るい声で一行を迎えた。


 笑顔ではある。


 だが、その目は鋭い。


 相手の身なりだけではなく、立ち振る舞いや表情まで値踏みするような目だった。


 滝は一瞬でそれを感じ取った。


 この男も、ただ者ではない。


「王家の御用商人をされているだけあって、皆さん只者ではありませんな」


 グレンが笑う。


「風格が違う」


 そして、いきなり深々と頭を下げた。


「まずは、先日のことをお詫びしたい」


 ハギーたちが驚く。


「うちの手下が、最初に手を出そうとした件です」


 グレンは頭を上げた。


「この通り、申し訳なかった」


「グレンさん……」


 ハギーが声を掛ける。


 その時、客間の隣の部屋から男が一人出てきた。


 レンと最初に出会ったとき、ミネーに返り討ちにされた男だった。


「……あ」


 サカンが気付く。


 男は一行の前まで来ると、深々と頭を下げた。


「先日は、本当に申し訳ありませんでした!」


 滝は男を見た。


 あの時より、少し傷が増えている。


 戻ってから、何かしらのお仕置きを受けたのだろう。


 そんなことを考えていると、ハギーが口を開いた。


「もう気にしておりません」


 男が顔を上げる。


「私たちは何もされていませんし」


「そう言っていただけると助かります」


 グレンが頷く。


 そして男を見る。


「お許しが出たぞ」


「ありがとうございます!」


 男は深々と頭を下げた。


 その顔には、明らかな安堵が浮かんでいる。


 男が部屋を出ていく。


 グレンは改めて一行を見回した。


「それと、もう一つ」


 表情が柔らかくなる。


「娘がお世話になっていることへのお礼を申し上げたい」


「レンさんのことですか?」


 ミネーが尋ねる。


「ええ」


 グレンは笑った。


「娘が皆さんに大変お世話になっていると聞いています」


 やがて、食事の用意が始まった。


 広い食堂に、ラコクならではの珍味が次々と運ばれてくる。


 料理を運ぶ手下たち。


 それを眺めながら、サカンとコーナンは妙に落ち着かない。


 料理そのものよりも、周囲に並ぶ厳つい男たちの存在感のほうが気になっていた。


 しかも、その男たちはなぜかミネーを見るたびに緊張した様子を見せる。


 どうやら、先日の一件でミネーの武勇伝が広まっているらしい。


 料理を運ぶ手が妙に慎重になっている。


 妙な空気だった。


 そんな中でも、ハギーは全く物怖じしていなかった。


「グレンさん」


「何でしょう、お嬢さん」


「ラコクは、現在もやはり銅が主要産業なのですか?」


「ええ。今も昔も、この町は銅で栄えてきました」


「では、鉱山で働く方たちと商人との関係は?」


「それは――」


 ハギーは次々と質問をしていく。


 鉱山のこと。


 商人のこと。


 町のこと。


 そして、ラコクがこれからどうなっていくのか。


 グレンは最初こそ笑顔で答えていたが、次第に感心した表情へ変わっていった。


「なるほど……」


 ハギーの質問には、単なる好奇心だけではない。


 話を聞きながら、次のことを考えている。


 そのことが、グレンにも伝わっていた。


「話をしているだけで、知性を感じる」


 グレンは感心したように頷いた。


「娘も、貴方のような素敵な女性になってほしいものですな」


 ハギーが笑う。


「レンさんにも、素敵なところがたくさんありますよ」


「ほう?」


「はい」


 ハギーは迷いなく答えた。


「行動力がありますし、人を見る目もあります。それに、ラコクのことをよく知っていて、私たちにも色々なことを教えてくれました」


 グレンの顔が明るくなる。


「そう言ってもらえると、父親として嬉しいですな」


「本当に素敵な女性ですよ」


「ありがとうございます」


 グレンは嬉しそうに笑った。


「本当は、とても可愛い娘なんです」


 その表情に、父親としての顔が浮かぶ。


「妻を早くに亡くして、娘には苦労をかけました」


「だからこそ、娘にはふさわしい婿をと思っていた」


 グレンは少し酒を口にする。


「それで、カッタの話を受けたんですがな」


 ハギーが静かに聞いている。


「確かに、少々キザなところはある」


 グレンは苦笑する。


「だが、商売の才覚はある。これからは、ああいう男が伸びていくのだろうと思っている」


「……」


「カッタはともかく、それ以外の男がレンに近づいたら――」


 グレンの顔から笑みが消えた。


「どんな手を使ってでも……」


「ゴホッ!」


 コーナンが肉を喉に詰まらせた。


 ミネーが驚いてコーナンを見る。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です……」


 コーナンは慌てて水を飲む。


 ハギーは少し困ったような顔をした。


「グレンさん」


「はい?」


「そのような物騒なお話は、食事の席には相応しくないかと」


「……これは失礼しました」


 グレンは素直に頭を下げた。


「娘のことになると、どうも熱くなってしまいましてな」


 滝はその様子を黙って見ていた。


 父親としては、分からなくもない。


 ただ――。


「それで」


 グレンが滝を見る。


「レンを説得できそうですかな?」


「当分は無理でしょう」


 滝は諦めたように答えた。


「そうですか……」


「むしろ、あなたのほうがよく分かってらっしゃるのでは?」


「……確かに」


 グレンは苦笑した。


「それにしても、今ごろ何をしているのやら」


 その言葉に、バグが答えた。


「滝さんの提案で、宿の者に小遣いを渡して、お嬢さんの動きを知らせてもらうよう頼んであります」


「ほう」


「それと、外から手下にも宿を見張らせています」


 グレンは感心したように頷いた。


「見事な手際だ」


 そして、滝を鋭い目で見る。


「商人にしておくには惜しい」


 滝は笑った。


「商人ですよ」


「そうですか」


 グレンも笑った。


 だが、その目は笑っていない。


 その時だった。


 客間の扉が勢いよく開いた。


「親分!」


 一人の手下が飛び込んでくる。


「どうした?」


 グレンが振り返る。


 男は息を切らしていた。


「レン様が……」


 一瞬、言葉に詰まる。


「宿を出ました!」


「何?」


「それから……行方が分かりません!」


 食堂の空気が、一瞬で凍りついた。


 滝の表情が変わる。


 ――やはり。


 先ほどから感じていた、あの引っかかり。


 嫌な予感が、現実になった。

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