第157話 報告
宿の一室。
一行はユダを囲むようにして座っていた。
先ほどまでの賑やかな空気は消え、部屋には緊張感が漂っている。
ラコクへ来た目的。それは、行方を追っているオラヒを見つけることだった。
その中には、レンの姿もあった。
本来なら、今回の捜査にレンを同行させる予定はなかった。事件の性質を考えれば、事情を知らない者を捜査の輪に入れるべきではない。
だが、レンの性格を考えれば、何も知らせずに同行させることも難しかった。
そこで滝たちは、あらかじめレンに事情を説明していた。
カスミの商家から家出したハギーの友人である令嬢と、その使用人を探している。
そういう話にしてある。
そして、もう一つ。
ラコクのことをよく知るレンがいれば、何かと都合がいい。それも同行を認めた理由だった。
「それでは、報告します」
ユダが口を開いた。
「オラヒの宿は、すでに突き止めてあります」
滝が頷く。
「場所は?」
「こちらです」
ユダが地図を取り出そうとしたが、まだ広げずに報告を続けた。
「オラヒは、ラコクの宿に数日前から滞在していました。そこで張り込みを続けていたのですが……」
ユダは一度、言葉を切った。
「ある夜、オラヒが宿を出ました」
「一人で?」
「はい」
ユダは頷いた。
「そのまま追尾したところ、オラヒはラコク郊外にある倉庫群へ入っていきました」
「倉庫群?」
コーナンが聞き返す。
「はい」
「それで?」
滝が先を促した。
「その後も倉庫群の周辺で張り込みを続け、朝まで様子を見ました」
ユダの表情がわずかに曇る。
「しかし、オラヒは倉庫群から出てきませんでした」
部屋の空気が変わった。
「宿にも戻っていません」
滝は腕を組む。
「倉庫の中を確認したのか?」
「いいえ」
ユダは首を横に振った。
「夜間でしたし、倉庫群は人通りもありません。無理に中へ入れば、こちらの存在に気づかれる可能性がありました」
「なるほど」
ユダは少し申し訳なさそうに続けた。
「もう少し近くまで追尾していれば、何か分かったかもしれません。申し訳ありません」
「いや」
滝は静かに首を振った。
「それで十分だ」
ユダが顔を上げる。
「ですが……」
「夜間で人気のない場所なら、無理に尾行すれば気づかれる可能性が高い」
滝はユダを見る。
「そこで張り込みを続けて、朝まで待った。それでオラヒが倉庫群から出てこなかったことまで分かったんだ」
滝は少し間を置いた。
「むしろ、そこまで分かれば上出来だ」
「ありがとうございます」
ユダが頭を下げる。
そのやり取りを、レンは興味深そうに眺めていた。
「……へえ」
そして、滝を見る。
「やっぱり凄いね、滝さん」
「何がだ?」
「だって、今の話」
レンは楽しそうに笑った。
「滝さんって、本当に商人?」
滝が眉を寄せる。
「商人だ」
「そう?」
レンは首を傾げた。
「なんだか、捜査でもしているみたい」
「……」
部屋の中に、妙な沈黙が落ちた。
レンは今度はユダを見る。
「それに、ユダさんも」
「私も?」
「うん。二人とも商人には見えないよ」
コーナンが引きつった笑顔を浮かべる。
サカンも同じような顔をしていた。
ミネーは苦笑し、コグシーは黙って目を逸らした。
ユダだけは、いつもの無表情だった。
「……商人だ」
滝が答える。
ユダも小さく頷いた。
「私も商人です」
「やっぱり変なの」
レンが楽しそうに笑った。
グレン一家の中で育ったレンは、商売の駆け引きだけでなく、人を見る目も鍛えられていた。
家が落ちぶれていく中で、周囲には様々な人間が出入りしていた。
商人。
坑夫。
荒くれ者。
そして、裏社会に近い者たち。
愚連隊の親分である父親の背中を見て育っただけに、相手の雰囲気や立ち振る舞いから、普通の人間とは違う何かを感じ取る勘が鋭いらしい。
ミネーが話題を変えた。
「ユダさん。その倉庫群というのは、どこにあるのですか?」
「こちらです」
ユダは持っていた地図を広げた。
机の上にラコク周辺の地図が広げられる。
ユダが指を置いた。
「この辺りです」
ミネー、ハギー、コーナン、サカン、コグシーが地図を覗き込む。
滝も地図へ視線を落とした。
レンも、何気なく地図を覗き込む。
「そこは……」
レンの声が止まった。
全員がレンを見る。
「何か知っているのか?」
滝が尋ねる。
レンは地図を見つめたまま、何かを思い出そうとしていた。
「そこは……」
その時だった。
部屋の外から、宿の者の声が聞こえた。
「失礼します!」
扉が開く。
「お客様、バグ様が来ています」
「バグ?」
滝が顔を上げた。
レンも地図から視線を外す。
宿の者は頷いた。
「はい。滝様にお会いしたいと」
滝は一瞬、考えた。
いや、考えるまでもなかった。
ラコクに着いたら宿を知らせる。
そう約束していた男だ。
「……来たか」
滝が呟く。
レンも、バグの名を聞いて表情を変えた。
「バグが?」
滝は頷く。
「通してくれ」
「かしこまりました」
宿の者が頭を下げ、扉を閉める。
部屋の中に、再び静けさが戻った。
滝は地図を見つめた。
レンが言いかけた言葉。
そして、約束どおり姿を現したバグ。
オラヒが消えた倉庫群には、何があるのか。
レンは、何を思い出しかけたのか。
その答えは、まだ見えていなかった。




