第155話 運命の出会い
馬車の中に、しばらくゆるやかな空気が流れていた。
先ほどまで街道で起きていた騒ぎが嘘のように、馬車は再び西へ向かっている。
レンは、向かいに座る滝とミネーを交互に見ていた。
そして――。
「うそー!」
突然、高い声が響いた。
滝が眉を上げる。
「何だ?」
レンは目を輝かせている。
「ミネーさんと滝さんって、婚約してるんですか?」
「ええ」
ミネーが答える。
レンは二人をじっと見比べた。
「こんなに綺麗で、しかも強いミネーさんと……」
そして滝を見る。
「滝さんが?」
「……何か言いたいことがあるのか?」
レンは首を傾げる。
「滝さんって、お金持ちなんですか?」
「いや」
「もしかして、外国の貴族?」
滝は無言で首を横に振った。
「えー……」
レンが不思議そうな顔をする。
その横で、コーナンとコグシーは笑いを堪えるのに必死だった。
そして、二人ともちらりとミネーを見る。
ミネーは、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
「レンさん」
「はい?」
「あなたも、そのうち分かると思いますよ」
ミネーは優しく微笑む。
「滝の良さ……」
そこで一瞬、滝を見る。
「いえ」
「男の人の良さが、外見や身分だけではないことが」
「……」
滝は何とも言えない顔になった。
コーナンは、今度こそ吹き出しそうになる。
レンは少し考えた。
「そんなもんですか?」
「ええ」
ミネーは笑顔のままだ。
レンは納得したような、していないような顔をする。
そして――。
隣に座るコーナンへ視線を向けた。
にっこりと笑う。
「でも私は、やっぱり若いイケメンがいいけどな」
そして、ウインク。
「……!」
コーナンの身体が固まった。
滝は思わず苦笑する。
「それなら、まずは親御さんが決めた縁談を断るのが先じゃないのか?」
「……」
レンの表情が少し暗くなった。
そして、窓の外へ視線を向ける。
「……そうなんだけどね」
しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「実はね」
「名門って言われてきたグレン一家も、今は落ち目なんだ」
滝たちは黙って聞く。
「親父のグレンは、昔気質の人だから」
「義理とか、人情とか……そういうのを大事にするのはいいんだけど」
レンは苦笑した。
「経済のこととか、商売の機微には疎くてね」
「その間に、新しく出てきたカッタ連合の勢いが止まらなくなったの」
滝は黙って聞いている。
レンは続けた。
「それで――」
「よりによって、カッタ連合のカッタが、私を嫁に欲しいって言い出したんだ」
「……」
「しかも、あろうことか親父が承諾しちゃった」
レンの声に、怒りが滲む。
「カッタはキザだが、頭がいい」
「何でも合理的に考える人よ」
「商売が上手くて、勢いがあるのも分かる」
だが、レンは首を振った。
「でも――」
「カッタのことは、どうしても好きになれない」
「そう言ったのに、商売敵に娘を売るような真似をする親父に、嫌気がさしたの」
「だから家出した」
滝は小さく息を吐いた。
「なるほどな」
レンは少し明るい表情に戻った。
「それに、もともと王都のカスミにも行ってみたかったの」
「できればそこで、良い男を見つけて……」
コーナンを見る。
「恋愛結婚するのが夢だったんだ」
「……」
コーナンは困ったように笑った。
「それで――」
レンはコーナンを見る。
「コーナンさんに会えたのは、運命だと思う」
「は、はあ……」
コーナンは苦笑するしかない。
レンはさらにコーナンを眺める。
「それにしても」
「商人にしては筋肉質だし……」
「なんか生真面目な感じだし」
「大嫌いな憲兵みたい」
「……」
コーナンの顔が引きつる。
滝も。
コグシーも。
ミネーも。
全員が微妙な笑顔になった。
よりによって、それを本人の前で言うか。
そんな空気が馬車の中に流れる。
やがてハギーが、穏やかな声で口を開いた。
「ですが……」
「いきなり家を飛び出したら、お父上や一家の皆さんが心配されますよ」
レンは少し考える。
「それは分かってる」
「でも……」
レンはハギーを見る。
「皇女様も、成人の儀式の後に、お付きのイケおじたちと各地を旅されたんでしょう?」
「そして、世直しをしながら、謀叛を企てた一味を懲らしめたって聞いたわ」
楽しそうに笑う。
「私、そういうのにも憧れてるの」
ハギーは笑顔を崩さなかった。
「まあ……」
「そうなのですね」
その表情を見ながら、滝は苦笑する。
さすがだな。
自分のことを話しているというのに、まるで他人事だ。
レンは、ふと思い出したように口を開いた。
「あっ」
「そういえば」
「お嬢様のお名前を聞いてませんでした」
ハギーは少し微笑んだ。
「わたくしは、ハギーと言います」
「ハギー?」
レンの顔が明るくなる。
「皇女様にあやかった名前なんだね!」
「……」
滝たちは思わず顔を見合わせた。
コーナンがまずいという顔をする。
コグシーも眉を上げる。
ミネーは、何事もなかったように微笑んでいる。
ハギーも笑顔のままだった。
その時だった。
前方の御者台からサカンの声が響いた。
「皆さん」
「どうしました?」
ハギーが尋ねる。
サカンは前方を指差した。
「ラコクが見えてきました」
滝は窓の外を見る。
街道の先。
山裾に広がる街並みが、少しずつ大きくなっていた。
ラコク。
クマーとオラヒの足取りを追うために訪れるはずだった街。
そして今――。
思いがけず、新たな一人を連れて、その街へ向かっていた。




