第154話 話し合い
男は馬車へ乗り込む。
そして、ハギーにつかみかかろうとした。
その時だった。
――ドンッ!
男の身体が、馬車の中から弾き飛ばされた。
「え?」
誰もが一瞬、何が起きたのか分からなかった。
街道へ落ちた男が、何度も地面を転がる。
そして――。
馬車からミネーが飛び降りた。
「お嬢さまに対する狼藉は許しません」
静かな声だった。
だが、その目には怒りが宿っている。
「てめえ……!」
男が立ち上がる。
怒りに任せて、今度はミネーにつかみかかろうとした。
滝は助けに向かおうとする。
だが、目の前の男と組み合っていて動けない。
「ミネー!」
サカンも馬車の下で倒れたままだ。
男の腕がミネーへ伸びる。
しかし――。
ミネーは軽く身体をかわした。
男の腕が空を切る。
その瞬間。
ミネーの肘が、男の身体へ入った。
「ぐっ!」
男の身体がよろめく。
ミネーはその腕を取った。
そして、身体を捻る。
男の身体が宙へ浮いた。
――投げた。
滝は目を見開いた。
今の動き。
空手。
そして――合気道。
少なくとも、滝にはそう見えた。
男が地面に倒れる。
だが、まだ終わっていない。
男は立ち上がろうとする。
その瞬間。
ミネーの一撃が、男のみぞおちへ入った。
「ぐ……っ!」
男の身体から力が抜ける。
そのまま動かなくなった。
ミネーは倒れた男を見下ろす。
「こちらは話し合いを求めているのですよ」
凛とした声が街道に響いた。
誰も言葉を発しなかった。
滝も。
コーナンも。
バグも。
全員が唖然としている。
やがて、バグが我に返った。
「お前ら!」
「何やってやがる!」
手下たちを怒鳴りつける。
「話をしている最中だろうが!」
「余計なことをするんじゃねえ!」
手下たちは気まずそうに頭を下げた。
バグは深く息を吐いた。
そして、レンを見る。
「……レン様」
「この方たちに、訳を話してください」
レンは少し怯えたように周囲を見る。
だが、やがて口を開いた。
「……親父が過保護なの」
「みんな怖がって、友達と遊ぶこともできない」
「それに――」
少し俯く。
「親が決めた人と結婚しろって……」
レンは顔を上げた。
「もう嫌になったの」
「だから、家出したの」
滝たちは顔を見合わせた。
どこかで聞いたような話だった。
クマーのことが、頭をよぎる。
「……またか」
滝が小さく呟く。
コーナンも苦笑した。
バグも困ったように頭を掻く。
「俺たちは、家出したレン様を連れ戻そうとしていただけなんですがね」
レンはすぐに言い返す。
「私は本気だからね!」
「家には帰らない!」
ハギーがレンを見る。
そして、少しだけ微笑んだ。
「あなたのお気持ちは、少し分かるような気がします」
レンが目を丸くする。
「あなたは御用商人の一行なんだって?」
「それなら、私の気持ちも分かるんだな!」
レンは、急に機嫌が良くなった。
だが、ハギーは穏やかに尋ねる。
「それで、この後はどうするおつもりだったのですか?」
レンは黙った。
「……」
「……」
「……働く」
「それとも……」
レンはちらりとコーナンを見る。
「いい男を見つけて、一緒に暮らす」
コーナンが固まった。
バグは呆れたように息を吐く。
「そんな当てもねえ旅に、レン様を出すわけにはいかねえでしょう」
「嫌!」
レンはコーナンの手を握る。
「私は家に帰らない!」
そしてハギーを見る。
「お願い!」
「連れてって!」
全員が顔を見合わせる。
「それは無理だろう」
滝が言う。
サカンも頷いた。
「それに、こちらにはこちらの事情があります」
レンはしょんぼりする。
するとハギーが、レンの目を見た。
「分かりました」
「ついてくるのですね?」
レンの顔が、一気に明るくなる。
「本当!?」
「はい」
ハギーは微笑んだ。
「それでは、わたくしたちはラコクへ向かいます」
「ですから、あなたも一緒に来てください」
レンは一瞬、ずっこけるような顔をした。
「……ラコク?」
「今、私が来たところじゃない」
少し考える。
「まあ、家から出られるならいいか」
「それに……」
コーナンを見る。
「男前もいるし」
コーナンが再び固まった。
バグは頭を抱えた。
「こりゃ参ったな……」
「俺たちも親分に顔向けできねえ」
滝はバグへ近づく。
「うちのお嬢さんも、言い出したら聞かないんだ」
小声で続ける。
「これでラコクには帰る」
「後はラコクで説得すればいい」
バグはしばらく考えた。
そして――。
「……分かった」
「御用商人ってんなら、まあいいだろう」
「ただ、宿は知らせてくれ」
「親分にも説明しなきゃならねえ」
そう言って、バグは手下たちを連れて引き下がった。
レンは嬉しそうに笑った。
「やった!」
「家に帰らなくていい!」
滝はそんなレンを見ながら、ふとミネーへ視線を向ける。
先ほどの動き。
あまりにも鮮やかだった。
滝が驚いていると、馬車からコグシーが降りてきた。
何事もなかったかのような顔をしている。
滝がミネーを見る。
「ミネー、あんなに強かったんですか?」
コグシーが答えた。
「ミネーは殿下の付人」
「皇女殿下のお側に仕える者として、護身術くらいは身につけておる」
そして、少し笑う。
「男なら近衛の将校にしたのに」
滝は改めてミネーを見る。
その時。
サカンが真顔で口を開いた。
「……滝殿」
「何です?」
「浮気したら、大変なことになりますな」
滝の顔が青ざめる。
ミネーは――。
素敵な笑顔を浮かべていた。




