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第153話 街道の娘

 滝とコーナンは、同時に馬車から飛び降りた。


 街道を走ってきた女性が、二人の目の前まで来たところで足をもつれさせる。


 ――転ぶ。


 そう思った滝は、反射的に両手を広げた。


 だが――。


 女性は滝の横をすり抜け、その後ろにいたコーナンへ飛びついた。


「えっ?」


 コーナンが目を丸くする。


 そして、ぎこちない動きで女性の身体を受け止めた。


「だ、大丈夫ですか?」


 女性は答えない。


 ただ、コーナンの胸元にしがみついている。


 滝は少しだけ呆れた。


 だが、すぐに女性を観察する。


 年齢は二十歳前後だろうか。


 整った顔立ち。


 泥で服は汚れているが、元々はかなり上等な衣服だ。


 髪も乱れてはいるが、身なりそのものは悪くない。


 ――暴行を受けたようには見えない。


 少なくとも、ぱっと見では目立った外傷はない。


 その時だった。


 街道の向こうから、男たちが駆けてくる。


 四人。


 いずれも粗暴そうな風体だった。


 その中の一人が叫ぶ。


「お嬢さん!」


「手間をかけさせないでください!」


 男たちは足を止める。


 そして――。


 一番後ろから、一人の男がゆっくりと歩いてきた。


 鋭い目。


 他の男たちより落ち着いている。


 周囲を見回し、滝たちを一人ずつ値踏みするように眺めている。


 ――こいつが頭だな。


 滝は直感した。


 男の一人が、コーナンに近付く。


「おい、こっちへ渡せ」


 そう言って、女性の腕を掴んだ。


「やめて!」


 女性が叫ぶ。


 男が強引に引っ張る。


 その間に、滝が入った。


「待て」


 男の手が止まる。


 滝は女性と男の間に立った。


「この女性は助けてくれと言っている」


「事情も分からないのに、渡すわけにはいかんな」


 男が睨みつける。


「なんだ、てめえは」


 滝は動かない。


 その時だった。


「やめねえか」


 後ろから声がした。


 鋭い目の男だった。


 手下が振り返る。


「ですが、バグさん――」


「いい」


 短い言葉だった。


 男たちは渋々と下がる。


 バグと呼ばれた男は、改めて滝たちを見た。


 値踏みするような視線。


 滝は、その仕草に見覚えがあった。


 昔、刑事として相手にしてきた連中。


 ――ヤクザ。


 威圧する。


 相手の反応を見る。


 そして、どこまで踏み込めるかを測る。


 滝は自然と警戒を強めた。


 相手は、バグと呼ばれた男を含めて五人。


 ハギーもいるので、ここで不用意に刺激するのはまずい。


 しかし――。


 この手の連中は、下手に出れば、とことん要求を突きつけてくる。


 滝はバグと向き合った。


 しばらくして、バグが口を開く。


「……あんたの言うことは、もっともだ」


 意外な言葉だった。


「事情も分からねえのに、無理やり連れて行くわけにもいかねえ」


 バグは滝を見た。


「ところで、あんたらは何者だ?」


「見たところ、大店の商人といったところか?」


 滝は一瞬だけ考えた。


 そして答える。


「カスミの王家御用商人だ」


「滝という」


 バグの眉がわずかに動く。


「王家御用商人……ねえ」


 そして自分の胸を指す。


「俺はラコクのグレン一家の者だ」


「バグと呼ばれている」


 その瞬間。


 後ろにいたコーナンが、滝の耳元へ顔を寄せた。


「……ラコクの愚連隊です」


 小声だった。


「幹部の一人だと思われます」


 滝は小さく頷いた。


 バグはそんな二人のやり取りを見て、少し笑った。


「それにしても――」


「御用商人にしちゃ、あんたも随分とカタギには見えねえな」


「兵隊あがり……いや、もっと厄介な何かをやってたような目をしてやがる」


 滝は苦笑した。


「商売をしていれば、いろんな人間に会うもんだ」


「そういうことにしておこう」


 バグは肩をすくめる。


 そして、コーナンに抱きついている女性へ視線を向けた。


「そいつは、グレン親分の一人娘――レン様だ」


 滝は振り返った。


「……本当か?」


 レンはコーナンの手を握ったまま、滝を睨む。


「本当です」


「でも――」


 レンはバグに向き直った。


「私は家には帰らないよ!」


 バグに向かって、啖呵を切った。


 滝たちは、一瞬言葉を失った。


 コーナンも固まっている。


「……え?」


 バグまで、わずかに目を丸くした。


 だが、すぐにため息を吐く。


「レン様」


「話は後です」


 そう言って、レンの腕を掴もうとする。


 レンが逃げる。


「嫌!」


「わがまま言わねえでください」


「嫌だって言ってるでしょ!」


 再び揉み合いになる。


 その時だった。


 馬車の奥から、静かな声が響いた。


「おやめなさい」


 全員の動きが止まった。


 ハギーだった。


 馬車からゆっくりと降りてくる。


 その姿を見た瞬間。


 滝たちも。


 バグたちも。


 一瞬、言葉を失った。


 皇女としての威厳。


 普段の穏やかな表情とは違う。


 ハギーは静かにバグを見る。


「事情はよく分かりません」


「ですが――」


「天下の往来で助けを求めた女性を、見逃すわけには参りません」


「こちらが納得できるよう、説明をお願いします」


 凛とした声だった。


 バグも一瞬、押されたように黙った。


 だが――。


 やがて、ゆっくりと頭を下げる。


「……あんたの言うことも、もっともだ」


「だが、お嬢さんには関係のねえ話だ」


「口出しは無用に願います」


 ハギーの眉が、わずかに動く。


 その時だった。


「王家の御用商人かなんか知らねえが!」


 若い男が声を荒げた。


「カシラが下手に出れば、つけ上がりやがって!」


 男がハギーの方へ向かってくる。


 滝が即座に動いた。


「止まれ!」


 コーナンも前へ出る。


 サカンがハギーの前へ回り込む。


 だが、男も引かない。


「どけ!」


「そうはいかん!」


 男の肩を滝が押し返す。


 別の男が滝の腕を掴む。


 コーナンも手下の一人に掴みかかられる。


 街道の真ん中で、男たちと滝たちが入り乱れた。


 ――まずい。


 滝は歯を食いしばった。


 このままでは、完全に喧嘩になる。


 そして何より――。


 ハギーが、この場にいる。


 滝は相手の腕を振りほどきながら、鋭く周囲を見回した。


 次の瞬間。


 男の一人がサカンを引き倒し、馬車に乗り込もうとした。

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