第152話 西国街道
西国街道を、一台の馬車が西へ進んでいた。
御者台ではサカンが手綱を握り、街道脇の木々が心地よい風に揺れている。
荷台には滝、コーナン、ハギー、ミネー、コグシー、そしてポリス。
久しぶりの旅に、ハギーは窓の外を眺めながら楽しそうに微笑んでいた。
「西国は初めてですの」
「何だか胸が躍ります」
その笑顔を見て、ミネーも自然と微笑んだ。
だが、滝たちの表情はどこか硬い。
頭の中は、クマーとオラヒのことばかりだった。
コーナンが口を開く。
「クマー様とオラヒですが……」
「待ち合わせ場所はラコクなのでしょうか」
滝は腕を組んだ。
「いや」
「ユダからの報告では、オラヒが泊まった宿は一人用の部屋だった」
「宿で待ち合わせるつもりなら、最初から二人部屋を取るはずだ」
「宿で落ち合う計画ではなかったんだろう」
サカンが御者台から振り返る。
「ですが、駆け落ちした二人なら、一刻も早く一緒になりたいと思うものではありませんか」
滝は少し意外そうな顔をした。
「……意外ですね」
「何がです?」
「恋愛ごとにはあまり興味がないように見えていましたが」
「ずいぶん核心を突いたことを言うなと思いまして」
サカンは眉をひそめた。
「失礼ですな」
するとコーナンが笑いながら口を挟む。
「何を仰います」
「サカン殿は既婚者ですよ」
「司法修習生時代、奥様と大恋愛の末にご結婚されたそうです」
全員が一斉にサカンを見る。
サカンは露骨に嫌そうな顔をした。
「……コーナン殿」
「余計なことを」
荷台に笑いが広がる。
サカンは滝へ冷たい視線を向けた。
「その顔は何ですかな」
滝は苦笑する。
「いや、サカン殿を少し見直しました」
「全然うれしくありません」
馬車の中に、再び笑いが広がった。
これ以上、サカンの機嫌を損ねる前に、滝は話題を変えた。
「そういえばコーナン」
「ラコクとは、どんな街なんだ」
コーナンは姿勢を正した。
「ラコクは山裾にある銅鉱山の街です」
「銅鉱脈が見つかってから急速に発展しました」
「西国街道もその頃に大きく整備され、今では多くの旅人や商人が利用しています」
ハギーが興味深そうに身を乗り出した。
「西国街道は大きな街道と聞いておりますが」
「はい」
コーナンは頷いた。
「西国街道は王都カスミから帝国西端の港町ゴシマまで続く、およそ千キロの街道です」
「古くから帝国の西を支える大動脈として栄え、多くの宿場町や市場が発展してきました」
「この先のノブは王都から数百キロほど」
「ラコクは、その少し手前にある宿場町です」
「鉱夫やその家族、銅を扱う商人……」
「国中から人が集まり、とても活気があります」
しかし、コーナンは少し言い淀んだ。
「どうした」
コーナンはちらりとハギーを見る。
コグシーが静かに言った。
「構わん」
「殿下には、ありのままをお話しろ」
コーナンは軽く頭を下げる。
「人が急に集まったせいで、流れ者も増えました」
「人夫出しの利権を巡って愚連隊ができ、抗争も起きています」
「憲兵隊も対応に追われているのが現状です」
「正直申し上げますと……」
「できれば殿下はお連れしたくない街です」
馬車の中が静かになる。
しかし、ハギーは穏やかに微笑んだ。
「正直にお話しくださって、ありがとうございます」
「それもまた、この国の本当の姿なのでしょう」
「わたくしは、その現実から目を背けたくありません」
そして、優しく皆を見回す。
「それに」
「皆様がいてくださいますもの」
「何も心配しておりません」
その笑顔に、滝たちの表情も自然と和らぐ。
その時だった。
「た、助けてください!」
若い女性が、息を切らしながら街道を走ってきた。
服は泥だらけ。
何度も後ろを振り返っている。
その後方から、粗暴そうな男たちが迫っていた。
大きな声を上げながら、必死に追い掛けてくる。
滝とコーナンは、一瞬だけ顔を見合わせた。
次の瞬間。
二人は同時に馬車から飛び降りた。
「サカン殿!」
「馬車を止めろ!」
女性は滝たちの姿を見るなり、必死に駆け寄ってきた。
そして――。
「お願いです!」
「助けてください!」
涙声で叫んだ。




