第151話 友として
アブー侯爵家での聞き取りを終えた滝たちは、すぐに司法省へ戻った。
ユダからの報告も届いていた。
オラヒは屋敷を出た後、西国街道沿いの宿場町ラコクで一泊したという。
ラコクは、クマーが姿を消した貴族墓地から徒歩でも向かえる距離にあり、そのまま西へ進めばオラヒの故郷・ノブへ続く街道の要衝でもあった。
滝はミヤーノへ一連の報告を終えると、旅支度を始めた。
部屋にはサカン、コーナンも集まり、それぞれ荷物をまとめている。
報告を聞いていた宮内卿カサドー伯爵が静かに口を開いた。
「追跡部隊を編成いたしましょう」
「憲兵隊を動かせば、すぐに確保できるはずです」
だが、滝は首を横に振った。
「それは得策ではありません」
全員が滝を見る。
「憲兵隊の大部隊が動けば、すぐに噂になります」
「オラヒやクマー嬢の耳に入れば、予定を変えて姿をくらますでしょう」
「そうなれば、かえって探すのが難しくなります」
カサドー伯爵は腕を組んだ。
「では、ラコクやノブの憲兵隊へ手配をかけるのはどうでしょう」
「発見次第、身柄を確保させます」
滝は苦笑した。
「現職閣僚の令嬢が駆け落ちしたなどと知れ渡れば、大騒ぎになります」
「貴族たちや街の人々の噂話の格好の的です」
「それに――」
一拍置く。
「駆け落ちは犯罪ではありません」
部屋に小さな苦笑が広がる。
滝は続けた。
「事情を知る最小限の人数で動き、穏便にお連れする方が賢明でしょう」
ミヤーノも静かに頷いた。
「確かに、その方が後々のためにもなりますな」
しかし、コーナンは少し不安そうな表情を浮かべた。
「ですが……」
「クマー嬢が、我々の説得に応じてくださるでしょうか」
滝も腕を組む。
「そこが問題だ」
「だが、まずは身柄を確保しなければ始まらない」
「話は、それからだ」
三人は旅支度を終える。
その時だった。
「皇女殿下のおなりです!」
伝令の声が執務室へ響く。
全員が一斉に跪いた。
やがて入室した姿を見て、滝は思わず目を見開く。
そこにいたのは、スオーから王都へ旅した時と同じ旅装姿のハギーだった。
その後ろにはミネー、コグシー、そして愛犬ポリスもいる。
滝は驚いたように尋ねた。
「殿下、そのお姿は……」
ハギーは嬉しそうに微笑んだ。
「アブー侯爵様ご夫妻に、友人としてクマーを必ず連れ戻すとお約束しましたの」
「それに、クマーの性格から考えますと、滝様方の説得だけでは戻らない可能性があると思います」
「きっと、わたくしもお役に立てると思います」
滝は困ったように口を開く。
「ですが、陛下に何と―」
しかし、その言葉を遮るように、後ろに控えていたコグシーとミネーが静かに首を横へ振った。
コグシーが一歩前へ出る。
「ご安心ください」
「陛下より正式なお許しをいただいておる」
ハギーも嬉しそうに続けた。
「西国方面へは、まだ一度も参ったことがございません」
「視察も兼ねて参りたいとお願いしましたら、陛下も快くお許しくださいました」
その瞳は期待に満ちて輝いていた。
滝は苦笑しながらコグシーを見る。
ミネーは静かに肩をすくめた。
「私どももお止めしたのですが……」
「殿下のご決意は固く、陛下のお許しまでいただいてしまいまして」
「こうなっては、お供するほかございません」
滝は小さく息を吐いた。
「……承知しました」
「では、ご一緒いたしましょう」
ハギーは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、滝様」
ミネーも穏やかに微笑む。
「また皆様と旅をご一緒できますね」
コーナンが小声でサカンへ囁く。
「また御用商人一行ですね」
サカンも小さく笑った。
「今度は西国ですな」
滝は新たな旅支度を見回す。
御用商人。
皇女。
侍女。
侍従長。
そして、一匹の賢い犬。
気付けば、この顔触れにもすっかり慣れていた。
こうして一行は、再び御用商人一行として王都を後にする。
向かう先は、西国街道の宿場町ラコク。
そして、その先にあるオラヒの故郷――ノブ。
幸せを掴みにいった少女と、彼女を想い続けた青年。
二人を追う、新たな旅が始まろうとしていた。




