第15話 旅立ち
冷めかけたスープと、硬くなったパン。
誰一人、手をつけていない。
食卓を囲んだまま、全員が俯いている。
言葉もない。
――ホウブは死んだ。
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銃声の混乱の中、狙撃地点はすぐに割れた。
広場向かいの廃屋、その二階。
だが、そこにいたはずの人間は、もういなかった。
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残されていたのは、硝煙の臭いと一丁のライフルだけ。
ありふれた軍用銃だ。
戦争で使われ、戦後に流れ、どこにでもある。
持ち主を辿ることなど、できない。
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――捨てていったのだ。
逃げるために。
群衆に紛れれば、それで終わりだ。
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コーナンの指揮で、街には検問が敷かれている。
だが、顔も分からない相手だ。
捕まるとは思えない。
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……分かっている。
ミネーの無実は証明された。
それでも、この重さは消えない。
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その時だった。
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ユダが、ふっと顔を上げた。
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何かを感じ取ったように立ち上がり、食堂の扉を開ける。
そこにいたのは――アガだった。
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泣き腫らした目で、立っている。
手には、小さな紙片。
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差し出されたそれを、サカンが受け取る。
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「……これは」
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紙に目を走らせ、眉を寄せた。
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「サカン殿、何が書かれているのですか」
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コグシーが身を乗り出す。
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「地図だ。……セキの」
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「セキ?」
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スオーから西へ、およそ百キロ。
港を持つ大きな街だ。
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紙には、その街の一角に印が付けられている。
そして――日付。
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「……十日後」
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サカンが呟く。
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視線が、アガへ向く。
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「このメモは?」
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アガは一度目を伏せ、震える声で言った。
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「……裁判の前の夜、ホウブが……」
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酒場のツケは払った。
だが、もうすぐ“大金”が入る。
セキへ行く。
そこで金を受け取り、この街を離れる。
落ち着いたら迎えに来る――
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そう言って、この紙を見せたのだと。
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部屋が静まり返る。
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「タキ殿」
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サカンがこちらを見る。
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「どう思われる」
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全員の視線が集まる。
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少し考える。
――答えは、ほぼ一つだ。
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「……推測ですが」
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口を開く。
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「その印の場所が、報酬の受け渡し場所でしょう」
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「ホウブは、そこで金を受け取る予定だった」
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「その後は……逃亡」
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サカンが眉をひそめる。
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「しかし、すでに金は受け取っているのでは?」
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「酒場のツケを払っている」
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滝は首を振る。
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「それは手付金でしょう」
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「皇女の側近を陥れる。そのリスクに対して、あの程度で終わるはずがない」
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少し間を置く。
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「大金は、後払い」
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「そして受け取った後、逃がす」
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「……なるほど」
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サカンが低く呟く。
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「慎重すぎるようにも思えますが」
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「失敗した場合、口封じまで行う連中です」
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滝は言い切った。
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「個人ではない。組織です」
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沈黙。
誰も否定しない。
その重さを、全員が理解している。
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「……セキに行きましょう」
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静寂を破ったのは、ハギーだった。
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顔を上げる。
その目は、まっすぐだった。
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「姫、それは――」
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コグシーが慌てる。
だが、ハギーは微笑んだ。
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「手がかりは、そこにしかありません」
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ゆっくりと言葉を重ねる。
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「そして……私は知りたいのです」
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「この国のことを」
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空気が変わる。
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「戦で、人々がどれほど傷ついたのか」
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「王家や政府が、どう見られているのか」
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「……そして、私が何をすべきか」
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言葉は静かだが、強い。
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コグシーが息を呑む。
やがて、力なく肩を落とした。
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「……その目をされては、止められませんな」
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諦めたように言う。
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「では、せめて警護を――」
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「不要です」
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即答だった。
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「……姫?」
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「整えられた視察では、意味がありません」
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「私は“本当”を見たいのです」
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コグシーが言葉を失う。
サカンも黙ったままだ。
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「タキ殿……」
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袖を掴まれる。
必死の目だ。
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「止めてくだされ」
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今度はハギーがこちらを見る。
期待するような視線。
――板挟み。
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内心でため息をつく。
だが。
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「……コグシーさんの言うことは正しいです」
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一度、そう言う。
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ほっとした顔。
だが、続ける。
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「ただ、今回のように“狙われる前提”なら話は別です」
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視線を上げる。
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「大掛かりな警護は、むしろ目立つ」
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「相手に準備する時間を与えます」
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コグシーの顔が固まる。
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「なら――」
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「お忍びで動く方が、安全です」
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「人数は最小限」
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「目立たない形で」
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沈黙。
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やがて――
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「……そう来ましたか」
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コグシーが目を閉じる。
観念したように。
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「流石タキ様」
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ハギーが笑う。
迷いのない笑顔。
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「では、そのように」
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軽やかな声。
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その横で。
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コグシーが、冷たい目でこちらを見ていた。
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――完全に巻き込んだ側を見る目だった。
セキ編突入です。
ここから少しずつ、国の形も見えてきます。




