第148話 違和感
アブー侯爵家。
客間へ、二人の使用人が通された。
一人は若い青年。
オラヒ。
二十歳。
墓参りの日、御者を務めていた使用人だった。
その隣には、年配の侍女ブセ。
長年クマーに仕えてきた侍女である。
二人は部屋へ入るなり、深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
オラヒは額が床につくほど深く頭を下げたまま動かない。
その肩は小刻みに震えていた。
アブー侯が静かに口を開く。
「顔を上げなさい」
しかし、オラヒは頭を上げなかった。
「私の責任です」
「お嬢様から目を離してしまいました」
アブー侯は苦しそうに目を伏せる。
「オラヒの父も、我が家の使用人だった」
「オラヒは屋敷で育ったようなものだ」
「クマーとは幼い頃から兄妹のように育ち、影に日向に支えてくれていた」
「だからこそ、自分を責めておるのだろう」
滝は静かに頷いた。
「話を聞かせてくれ」
オラヒは深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。
墓地へ到着したこと。
侍女ブセが同行を申し出たこと。
クマーが、
「祖父母とゆっくり向き合いたい」
と言って、一人で墓へ向かったこと。
予定の時間になっても戻らず、心配になって墓地へ探しに行ったこと。
しかし――。
墓前には供花だけが残り、クマーの姿はどこにもなかったこと。
続いてブセも証言した。
内容は、オラヒの話とほとんど一致していた。
滝は質問を重ねる。
「途中で誰かを見たか」
「いいえ」
「物音は」
「ございません」
「不自然なことは」
「何一つ……」
二人とも、ほとんど間を置かずに答えた。
やがて事情聴取が終わる。
オラヒは再び深く頭を下げた。
「責任を取ります」
部屋の空気が張り詰める。
「本日をもちまして屋敷を辞めます」
「故郷へ帰ります」
客間が静まり返った。
アブー侯が立ち上がる。
「何を言っている」
侯爵夫人も首を横に振った。
「あなたを責めるつもりなどありません」
「これまで通り、この屋敷で働いてください」
しかし、オラヒは静かに首を横へ振る。
「決意は変わりません」
「お嬢様をお守りできなかった私が、このままここにいる資格はありません」
ブセも深く頭を下げた。
「このようなことになり、申し訳ございません」
その目には涙が浮かんでいた。
オラヒは最後に侯爵夫妻へ深く一礼する。
部屋を出ると、廊下には旅支度を終えた荷物がまとめられていた。
オラヒは荷物を肩へ担ぐ。
もう戻るつもりはない。
そんな覚悟が、その背中から伝わってきた。
玄関の扉が静かに閉まる。
客間には重い沈黙だけが残った。
コーナンが小さく息を吐く。
「やはり、司法省へ報告された内容と同じでしたね」
サカンも頷く。
「証言にも矛盾はありません」
だが――。
滝だけは、去り行くオラヒを窓から見つめたまま黙っていた。
ハギーが不思議そうに尋ねる。
「滝様?」
滝はゆっくり口を開いた。
「……逆だ」
全員が滝を見る。
「違和感しかない」
コーナンが眉をひそめる。
「何がでしょう」
滝は静かに答えた。
「俺の経験では、人づてに聞いた報告と、本人から直接聞いた話は、どこか食い違うものだ」
「言い回し」
「話す順番」
「記憶違い」
「思い込み」
滝は一つずつ挙げていく。
「人間なら、多少のズレはある」
そして、静かに扉へ視線を向けた。
「だが、あの二人の証言は違った」
「寸分違わなかった」
「まるで口裏を合わせたように」
サカンも腕を組む。
「確かに……」
滝は続ける。
「それにオラヒだ」
「責任を感じていると言いながら、話す内容は驚くほど整理されていた」
「そして今日辞めるという割には――」
一拍置く。
「旅支度が早すぎる」
部屋の空気が変わる。
コーナンが真剣な表情になる。
「つまり……」
滝は窓の外を見つめたまま答えた。
「もう一度、二人から話を聞く必要がある」
そして静かに付け加えた。
「今度は――」
「別々にな」
客間には再び重い沈黙が流れた。
誰も、その言葉に反論する者はいなかった。




