第145話 密室の墓地
王都郊外――貴族墓地。
小高い丘の上に造られた、歴代貴族たちが眠る墓所だった。
広大な敷地を、人の背丈ほどある石造りの柵がぐるりと囲んでいる。
出入り口は、王都側に面した大きな正門のみ。
門の脇には墓守の小屋が建ち、年老いた墓守が常駐していた。
滝たちは馬車を降りると、真っ直ぐ墓守のもとへ向かった。
「昨日のことを、もう一度聞かせてください」
滝が静かに切り出す。
年配の墓守は何度も頷きながら話し始めた。
「確かに、アブー侯爵家の馬車が参りました」
「お嬢様がお一人で墓所へ向かわれ、使用人と侍女は入口で待っておりました」
「侍女の方は付いて行こうとなさいましたが、お嬢様がお断りになったようです」
滝は黙って聞く。
墓守は続けた。
「しばらくしても戻って来られないので、『長い墓参りだな』とは思いました」
「そのうち使用人が慌てて墓地へ入り、その後、侯爵家の方々も来られて皆で探しましたが……」
墓守は首を横へ振った。
「見つかりませんでした」
一拍置き、声を潜める。
「……神隠しですよ」
興奮気味に言った。
「こんなこと、今まで一度もありません」
滝は表情を変えない。
「昨日、不審な人物は見ましたか」
墓守は首を振る。
「わしが見ていた限りでは、見かけておりません」
「そうですか」
滝は短く頷いた。
話を聞き終えると、滝は周囲を見渡した。
「コーナン」
「はい」
「柵を一周確認してくれ」
「壊された跡、乗り越えた痕跡、足跡……何でもいい」
「了解しました」
コーナンは数名の憲兵を連れて散っていく。
滝は墓地の入口に立ったまま、周囲の地形を見渡していた。
丘の上だけに見晴らしは悪くない。
だが、墓石が並ぶ奥までは見通せない。
二十分ほどして、コーナンたちが戻って来た。
「報告します」
「柵に破損はありません」
「乗り越えた形跡も見当たりません」
「外部から人が出入りしたような痕跡も確認できませんでした」
滝は静かに頷いた。
「そうか」
一行は墓地中央にあるアブー侯爵家の墓へ向かった。
他家より一回り大きな墓石。
その周囲には花が供えられ、小さな木造の供物小屋まで建てられている。
滝は視線を向けた。
「これは?」
コーナンが答える。
「高位貴族の墓には供物小屋が設けられていることが多いのです」
「供物を盗まれたり、野生動物に荒らされたりしないようにするためです」
滝は小屋を眺める。
墓石の周囲は、小屋や植え込みで視界が遮られていた。
思わず苦笑する。
「……不謹慎だが、子どもならかくれんぼができそうだな」
コーナンも少し笑う。
「ええ」
「私も幼い頃、兄弟と墓参りのたびに遊んで父に叱られました」
少しだけ場の空気が和らぐ。
滝は墓石の前へしゃがみ込んだ。
供えられた花。
果物。
線香。
どれも乱れた様子はない。
「供花も倒れていない……」
足元も確認する。
土の上にはクマーと思われる足跡が残っていた。
しかし――。
争った跡はない。
複数人の足跡も見当たらない。
滝は立ち上がった。
「墓参りはしているな」
コーナンが頷く。
「供物の状態から見ても間違いありません」
周囲を見回した憲兵の一人が口を開く。
「出入口は一つ」
「柵も壊されていません」
「それなのに人だけが消えるなんて……」
別の憲兵が思わず呟いた。
「やはり神隠しでしょうか」
滝は首を横へ振った。
「神隠しなんてものはない」
静かな声だった。
「人は勝手には消えない」
その言葉に全員の視線が集まる。
滝はコーナンを見る。
「人がいなくなるとすれば、何が考えられる」
コーナンは少し考えた。
「人にさらわれるか……」
「事故や自然災害に巻き込まれるか……でしょうか」
滝は頷く。
「その通りだ」
そして、人差し指を一本立てる。
「もう一つある」
コーナンが眉をひそめた。
「もう一つ……ですか」
滝は静かに答えた。
「自らの意思で姿を消す場合だ」
「家出……ということですか」
「可能性の一つだ」
滝は墓石へ視線を戻した。
「捜査は、最初に思い込んだ方向に進む」
「筋読みは大事だが、誘拐だと決めつければ、それ以外の可能性を見落とす」
「だから全部の可能性を残したまま考える」
それが刑事だった。
コーナンは静かに頷く。
「勉強になります」
滝は墓石を見つめたまま、小さく息を吐く。
「さて――」
「クマー嬢は、本当にここで消えたのか」
その一言で、現場の空気が再び張り詰めた。




