第144話 墓地の失踪
司法省。
コーナンが一歩前へ出た。
手元の報告書を開く。
「ご報告します」
室内が静まり返る。
「昨日の朝、アブー侯爵家令嬢クマー様は、郊外の墓地へ祖先の墓参りへ向かわれました」
滝が口を開く。
「同行者は」
「御者役の使用人一名、侍女一名です」
「護衛は」
「ありません」
カサドーが思わず顔をしかめる。
コーナンは続けた。
「爆破事件のこともあり、アブー侯は護衛を付けようとされました」
「しかしクマー様は、『王都も落ち着きを取り戻しておりますから』と断られたそうです」
サカンが静かに補足する。
「侍女の話では、爆破事件で命の危険を感じたからこそ、亡き祖父母の墓前へ無事を報告したかったと話されていたそうです」
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
コーナンは報告を続けた。
「墓地へは馬車が入れません」
「そのため使用人と侍女は入口で待機しました」
「侍女は同行を申し出ましたが、クマー様は『祖父母とゆっくり向き合いたい』と言い、一人で墓地へ向かわれました」
「その後、予定の時刻になっても戻られません」
「不審に思った使用人が墓地内を捜索しましたが、姿はありませんでした」
一拍。
「その後、アブー侯爵家総出で周辺を捜索しましたが発見できず、昨日、司法省へ失踪届が提出されました」
報告が終わる。
滝は腕を組んだ。
「失踪後、身代金要求は」
「ありません」
「政治犯の釈放要求は」
「現時点では確認されておりません」
「目撃者は」
「墓地管理人、近隣住民ともに有力な目撃情報はありません」
滝は静かに頷いた。
「まだ身代金目的の誘拐も捨て切れないな」
全員の視線が集まる。
「相手は現役国務大臣の令嬢だ」
「犯人が身代金や政治犯の釈放を要求してくる可能性は十分ある」
滝は間髪入れず指示を飛ばした。
「アブー侯爵家に捜査員を配置」
「屋敷周辺も警戒しろ」
「要求があれば即座に対応できる体制を整える」
「アブー侯には屋敷へ戻っていただく」
「犯人から連絡が来るなら、まず侯爵家だ」
コーナンが頷く。
「はっ」
滝は地図へ視線を落とした。
「もう一隊は墓地へ向かう」
「現場保存を最優先」
「捜索以外の者は立ち入らせるな」
「墓地周辺の聞き込み」
「遺留品の捜索」
「馬車の轍」
「足跡」
「不審者の目撃情報」
「どんな小さな痕跡でも見逃すな」
「了解!」
憲兵隊幹部たちが一斉に立ち上がる。
「第一班、アブー侯爵家!」
「第二班、墓地へ!」
「急げ!」
次々と部屋を飛び出していく。
滝も静かに立ち上がった。
その時。
「滝大佐」
カサドーが呼び止めた。
「どちらへ向かわれるのですか」
滝は振り返る。
「現場です」
一拍置いて続ける。
「現場を見なければ、何も始まりません」
口元に、わずかな笑みを浮かべる。
「それに、じっとしていられない性分でして」
コーナンが苦笑した。
ミヤーノも微笑む。
「やはり、滝殿らしいですな」
滝は軽く会釈した。
「宮内卿をお願いします」
そう言ってカサドーをミヤーノへ任せると、コーナンと共に執務室を飛び出した。
廊下へ響く足音。
向かう先は、侯爵令嬢が姿を消した墓地。
事件の真実は、まだ誰も知らなかった。




