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第143話 どうにもなりませんよ

 司法省。


 執務室には重い空気が漂っていた。


 室内には、ミヤーノ、コーナンをはじめとする憲兵隊幹部たちが集まっていた。


 その中央で、一人の男が声を荒げている。


 宮内卿カサドー伯爵。


 皇族の祭事や成人の儀を司り、貴族の叙爵、褒賞、懲罰を統括する重職。


 帝国内でも屈指の権限を持つ国務大臣だった。


 今回失踪したクマー嬢は、皇室とも縁の深い名門侯爵家の令嬢。


 そのため、状況確認のため自ら司法省へ足を運んできていた。


 しかし――。


 「どうなっているのです!」


 「王都爆破事件の直後に、今度は侯爵令嬢が失踪とは!」


 「憲兵隊は何をしていたのです!」


 怒声だけが部屋へ響く。


 ミヤーノもコグシーも答えてはいる。


 「現在確認中です」


 「情報を集めております」


 だが、それ以上は強く言えない。


 相手は宮内卿。


 同じ国務大臣とはいえ、皇室を預かる宮内卿という立場は特別だった。


 その時だった。


 扉が開く。


 滝が部屋へ入る。


 部屋の様子を一目見て、小さく息を吐いた。


 「失礼ですが」


 全員の視線が滝へ集まる。


 「ここで声を荒げても、どうにもなりませんよ」


 空気が凍った。


 カサドーが滝を睨む。


 「……何ですと?」


 滝は動じない。


 「ここであなたが騒いでも、事態は一歩も前へ進みません」


 静かな声だった。


 だが、その一言には重みがあった。


 部屋は静まり返る。


 カサドーも言葉を失った。


 周囲へ目を向ける。


 ミヤーノ。


 コグシー。


 コーナン。


 憲兵隊幹部たち。


 誰一人、反論しない。


 ようやく、自分だけが声を荒らげていたことに気づいた。


 「……では、滝殿ならどうされますか」


 先ほどよりも落ち着いた声だった。


 外交使節。


 皇帝への謁見。


 王都爆破事件を解決へ導いた捜査幹部。


 今では帝国貴族の間でも、滝の名は広く知られていた。


 滝は静かに答える。


 「まだ一報を聞いただけです」


 「宮内卿は、詳細な報告を受けられた上で皆さんへ質問されておられるのでしょうか」


 カサドーは口を閉じる。


 「……いや」


 滝は小さく頷いた。


 「でしたら、まず報告を聞きましょう」


 沈黙。


 やがてカサドーは肩を落とした。


 「国務大臣の令嬢が行方不明になるなど前代未聞です」


 「……つい取り乱しました」


 「申し訳ありません」


 滝はその表情を見る。


 ――悪い人ではない。


 少なくとも、責任感から焦っているだけだ。


 そう思った。


 滝は上座の椅子を軽く引く。


 「それでは、ご一緒に報告を受けましょう」


 カサドーは小さく頭を下げた。


 「……ありがとうございます」


 席へ腰を下ろす。


 ミヤーノとコグシーも続いて席に着いた。


 その視線が一瞬だけ滝へ向く。


 感謝の目配せだった。


 その時。


 コーナンが一歩前へ出る。


 胸には、中佐の階級章が光っていた。


 王都爆破事件での功績による昇進だった。


 コーナンは室内を見渡し、敬礼する。


 「ご報告します」


 部屋の空気が、一気に捜査会議へと切り替わった。

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