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142/164

第142話 令嬢失踪

 王都。


 コグシー邸。


 夜も更けていた。


 司法省での総括会議を終えた滝は、ようやく屋敷へ戻ってきていた。


 食堂。


 窓の外には王都の灯りが広がっている。


 滝は椅子に深く腰を下ろした。


 疲れていた。


 本当に。


 ノオダ。


 セキ。


 ガナト。


 王都爆破事件。


 異世界へ来てから、次々と事件に追われ続けている。


 ようやく一区切り。


 そう思いたかった。


 だが――


 佐田は捕まっていない。


 あの男が生きている限り、終わったとは言えない。


 滝は窓の外を見る。


 夜風がわずかにカーテンを揺らした。


 その時。


 「お疲れ様でした」


 ミネーが温かい茶を置いた。


 湯気が立ち上る。


 滝は小さく笑った。


 「ありがとう」


 ミネーも微笑む。


 しばらく言葉はなかった。


 それでも心地よい。


 少し離れた席では、コグシーが本を読んでいた。


 題名は――


 『孫』


 最近のお気に入りらしい。


 ページをめくる手が止まる。


 ちらり。


 二人を見る。


 ミネー。


 滝。


 そして――


 静かに本を閉じた。


 パタン。


 立ち上がる。


 何も言わない。


 ただ、使用人たちへ視線を送る。


 全員が察した。


 「失礼いたします」


 「おやすみなさいませ」


 「では私は厨房を片付けて参ります」


 そそくさと退散する。


 食堂には二人だけが残った。


 ミネーが少しだけ顔を赤くする。


 滝も苦笑した。


 「露骨だな」


 「お父様らしいです」


 ミネーが微笑む。


 静かな時間。


 久しぶりだった。


 事件もない。


 報告書もない。


 誰も死なない。


 誰も泣かない。


 そんな夜。


 ミネーがそっと滝の肩へ寄り添う。


 「本当に、お疲れ様でした」


 小さな声。


 滝はゆっくり頷いた。


 「終わったとは思ってない」


 「佐田がいるからですか?」


 「まあな」


 苦笑する。


 「刑事の性分だ」


 ミネーが少しだけ笑う。


 「難儀なお仕事ですね」


 「今さらだ」


 そう言いながら。


 滝はそっとミネーを引き寄せた。


 ミネーの身体が少し震える。


 顔が近い。


 ミネーはゆっくり目を閉じた。


 その時――


 ドン!!


 食堂の扉が勢いよく開いた。


 「滝殿!!」


 聞き慣れた声。


 サカンだった。


 滝が固まる。


 ミネーも固まる。


 サカンも固まる。


 三秒。


 沈黙。


 そして。


 ミネーが、にこりと笑った。


 笑顔だった。


 だが怖い。


 とても怖い。


 「……サカン様」


 優しい声。


 「はい」


 思わず背筋が伸びる。


 「三回目です」


 サカンの顔が引きつる。


 滝は思わず顔を背けた。


 「えー……」


 サカンが視線を泳がせる。


 「いや、その……」


 「事件ですか?」


 ミネーが微笑む。


 「はい!」


 即答だった。


 もはや逃げられない。


 サカンは一通の報告書を差し出した。


 「農務卿アブー侯爵家より失踪届が提出されました」


 滝の表情が変わる。


 「失踪?」


 「ご令嬢です」


 サカンは頷いた。


 「クマー嬢」


 「十七歳」


 「昨日から行方不明です」


 滝が報告書を受け取る。


 目を通す。


 侯爵令嬢。


 使用人、侍女付き。


 王都在住。


 痕跡なし。


 状況だけ見ても異常だった。


 「身代金要求は?」


 「ありません」


 「目撃情報は?」


 「なし」


 「反政府勢力の可能性は?」


 サカンは真顔で頷いた。


 「司法省は、その可能性を重く見ています」


 「王都爆破事件の余波もあります」


 「侯爵家は大騒ぎです」


 滝は報告書を閉じた。


 嫌な予感がした。


 爆破事件が終わった直後。


 有力貴族の令嬢失踪。


 偶然とは思えない。


 ミネーが小さくため息を吐く。


 「また事件ですね」


 滝も苦笑した。


 「らしいな」


 サカンが申し訳なさそうに頭を下げる。


 「申し訳ありません」


 「今度こそはノックいたします」


 「そこじゃありません」


 ミネーが即座に返した。


 サカンが黙る。


 滝は吹き出しそうになるのを堪えた。


 そして立ち上がる。


 刑事の顔に戻る。


 「行くか」


 サカンが頷く。


 「はい」


 ミネーは少しだけ残念そうだった。


 だが。


 それでも微笑む。


 「お気を付けて」


 滝は頷いた。


 こうして。


 王都爆破事件が終わった直後――


 新たな事件が幕を開けた。


 侯爵令嬢失踪事件。


 それは滝たちを、再び大きな陰謀へと導いていくことになる。

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