第141話 逃げた男
司法省。
ミヤーノが最終報告書を読み上げる。
ノオダ。
セキ。
ガナト。
密輸。
職人誘拐と殺害。
王都爆破事件。
そして諸侯会議襲撃計画。
事件の全容が明らかになる。
クサツー男爵。
リアタ。
ザキ。
ヒコ。
関係した貴族たち。
次々と拘束。
クガーは公職停止。
屋敷への蟄居。
だが――
「クガー侯の共犯を示す証拠は見つかっておりません」
ミヤーノが言う。
「ご本人も言い訳はしないとその後は黙秘しておりますが」
「現時点では計画を止めようとしていた可能性が高い」
サカンも頷く。
「ヤマー子爵の日記」
「手紙」
「複数の証言」
「整合性は取れている」
ここまでの捜査で、一連の事件の全容はほぼ明らかになった。
だが――
まだ一人だけ、捕まっていない。
佐田仁。
事件の首謀者。
王都爆破を企て、諸侯会議を襲撃しようとした男。
司法省は総力を挙げて、その行方を追った。
王都だけではない。
各地の宿場。
港。
街道。
国境。
関係すると思われる場所を、徹底的に調べた。
それでも――
見つからなかった。
「これほど探しても見つからないとは……」
ミヤーノが疲れたように息を吐く。
サカンが報告書を閉じる。
「事件の規模が大きすぎます」
「司法省だけで処理できる案件ではありません」
「すでに各部署から人員を集め、専従のプロジェクトチームを立ち上げています」
「裁判までには、かなりの時間がかかるでしょう」
滝が尋ねる。
「貴族が関わっているからか?」
「それもあります」
サカンは頷いた。
「特に貴族の裁判は慎重になります」
「証拠の確認だけでも時間がかかる」
「まして今回は、国家を揺るがしかねない事件です」
ミヤーノが続ける。
「そして――」
「佐田を捕まえないことには、クガー侯の裁判にも支障が出ます」
滝が顔を上げる。
「クガーの?」
「はい」
サカンが答える。
「佐田が事件全体の中心人物である以上、その供述が必要になります」
「クガー侯が何を知っていたのか」
「何を止めようとしていたのか」
「そして、どこまで関与していたのか」
「佐田を捕らえなければ、そこを完全に明らかにすることができません」
一応の決着。
そう思っていた事件は、まだ法廷へさえ辿り着いていない。
滝だけは黙っていた。
窓の外を見る。
今回の事件で、多くの人間が傷ついた。
スオーの過去。
ヒコたちの憎しみ。
クガーの苦悩。
ヤマーの最後。
そして、王都を巻き込んだ陰謀。
すべてが繋がっていた。
ミヤーノが気付く。
「どうしました?」
滝は短く答える。
「終わってない」
静寂。
「佐田だ」
空気が変わる。
「ヒコも」
「リアタも」
「ザキも」
「みんな捕まった」
「だが佐田だけ消えた」
コーナンが腕を組む。
「国外へ逃げた可能性もあります」
滝は首を振る。
「違う」
「逃げる奴じゃない」
滝の脳裏に、あの男の姿が浮かぶ。
理想を語る目。
感情を捨てると言い切った声。
目的のためなら、人の命さえ犠牲にする覚悟。
佐田仁。
あの男は、この国を変えようとしている。
そのためなら、何度でも手段を変えるだろう。
「次を考えてる」
その言葉に全員が黙る。
王都爆破が失敗しても。
また別の方法を探す。
あの男は諦めない。
滝には、それが分かっていた。
窓の外。
王都の空に夕日が沈む。
一連の事件は、終わった。
だが――
佐田仁との戦いは、始まったばかりなのかもしれない。
滝は夕日を見つめる。
「……必ず見つける」
まだ終わっていない。
滝の捜査も。
そして――
佐田仁との戦いも。




