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140/165

第140話 贖罪

 クガーが剣を動かそうとした。


 その時だった。


 「なりません」


 静かな声が食堂に響く。


 ハギーだった。


 誰もが息を呑む。


 ハギーは真っ直ぐクガーを見つめていた。


 「死んで逃げるおつもりですか」


 静かな声。


 だが、その言葉は鋭かった。


 「死んではなりません」


 クガーの手が止まる。


 ハギーは一歩前へ出た。


 「クガー侯」


 一拍。


 「――いえ、叔父様」


 食堂の空気が変わる。


 クガーが目を見開いた。


 ハギーは続ける。


 「事情はよく分かりました」


 「そして、叔父様のお気持ちも」


 「スオーを守ろうとされたことも」


 「ヒコや佐田を止めようとされていたことも」


 「理解しております」


 静かな声。


 だが揺るがない。


 「しかし」


 「それでも」


 「そのために、このような方法を選ばれたことは残念でなりません」


 クガーは何も言わない。


 「陛下の義兄として」


 「貴族会議議長として」


 「そしてスオーの領主として」


 「それは誤った選択でした」


 「決して許されることではありません」


 静まり返る食堂。


 誰も口を挟めない。


 ハギーの瞳には強い意志が宿っていた。


 「ですが」


 「本当にスオーのことを思うのであれば」


 「今、自ら死を選ぶことは」


 「責任から逃げることになります」


 「そして」


 「スオーから逃げることになります」


 クガーが小さく息を呑む。


 ハギーは続けた。


 「叔父様が死んだ後」


 「スオーはどうなるのでしょう」


 「反乱を企てた土地として誤解されたまま」


 「政府との溝を深めるかもしれません」


 「法が許すのであれば」


 「叔父様は生きて真実を語るべきです」


 「そして」


 「スオーのために尽くしてください」


 「命が尽きる、その日まで」


 クガーは俯いていた。


 ハギーの声が少しだけ柔らかくなる。


 「それに」


 「私はまだ叔父様と、ほとんどお話をしておりません」


 クガーが顔を上げる。


 「スオーの昔話を聞かせてください」


 「お祖父様やお祖母様のお話も」


 「そして――」


 「母のお話も」


 いつの間にか。


 ハギーの目には涙が浮かんでいた。


 食堂は静まり返っている。


 クガーはしばらく動かなかった。


 やがて。


 手から力が抜ける。


 剣がテーブルへ置かれた。


 かすかな音が響く。


 そして。


 クガーは力なく笑った。


 「……殿下の仰せのままに」


 深く頭を下げる。


 「その目で言われてしまっては」


 「断れませんな」


 顔を上げる。


 その目はどこか懐かしそうだった。


 「スサーによく似ておられる」


 「敗走してきた政府軍を受け入れると言い出した時も」


 「陛下と結婚すると言い出した時も」


 「まったく同じ目をしておりました」


 思わず笑いが漏れる。


 涙混じりの笑いだった。


 ヒコも涙を拭う。


 「本当に……」


 「よく似ていらっしゃる」


 泣きながら笑う。


 ハギーも涙を拭った。


 食堂を包んでいた重苦しい空気は消えていた。


 静かに。


 だが確かに。


 温かな空気が広がっていた。


 雨音だけが。


 優しく響いていた。

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