↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
139/165

第139話 手紙

 食堂は静まり返っていた。


 誰も口を開かない。


 雨音だけが響いている。


 クガーは手の中の封筒を見つめていた。


 ヤマー子爵から託された手紙。


 滝が持ち帰った最後の言葉。


 ゆっくりと封を切る。


 紙を開く。


 そして――


 目を通し始めた。


 そこには見慣れた筆跡があった。


 まるで。


 ヤマーが目の前で話しているようだった。


『クガーへ』


『この手紙を読んでいるということは』


『おそらく私はもうこの世にいないのだろう』


『まずは礼を言わせてくれ』


『長い付き合いだったな』


『若い頃から何度も酒を飲み』


『何度も喧嘩をした』


『それでも最後まで友でいてくれた』


『感謝している』


 クガーの口元がわずかに緩む。


 若い頃。


 戦場。


 酒場。


 スオーの港。


 様々な記憶が脳裏を過ぎった。


 そして。


 手紙は本題へ移る。


『お前やヒコ達は今も陛下がスオーを見捨てたと思っているのだろう』


『だが、それは違う』


『あの日』


『陛下は間違いなく援軍を送るよう勅命を出された』


『王都が危険になる』


『帝国が滅びかねない』


『そう言われても撤回されなかった』


『スオーを犠牲にして生き残るつもりはない』


『民との約束を違える帝国に未来はない』


『そう仰っていた』


『私はその場にいた』


『だから断言できる』


『陛下はスオーを見捨ててなどいない』


 クガーは無言で読み進める。


 食堂には雨音だけが響いていた。


『そして、もう一つ』


『今回の件についても書いておく』


『お前は見舞いに来た時』


『今はヒコ達の計画に乗ったふりをしていると話してくれたな』


『佐田や若者達を監視し』


『暴走を防ぐためだと』


『私は力を貸すと約束した』


『だが結局』


『何もできなかった』


『間に合わなかった』


『その責任は私にもある』


『そして、このことは滝殿に伝え、陛下にも一筆書き残してある』


『だから安心しろ』


『少なくとも陛下は』


『お前の真意を理解してくださる』


 誰も言葉を発しない。


 ただ静かに聞いていた。


『クガー』


『どうか生きてくれ』


『スオーのために』


『あの美しい街のために』


『お前にしかできないことがある』


『だから死ぬな』


『そして』


『また会おう』


『友よ』


         ヤマー


 長い沈黙。


 クガーは目を閉じた。


 そして。


 ふっと笑う。


 懐かしむように。


 寂しそうに。


 どこか嬉しそうに。


 「……あいつらしい」


 机の上の酒杯を取る。


 静かに掲げた。


 「ヤマーに」


 一息に飲み干す。


 そして。


 手紙をヒコへ差し出した。


 「読め」


 ヒコの手が震える。


 何度も文字を追う。


 何度も。


 何度も。


 やがて。


 一粒の涙が落ちた。


 「俺たちは……」


 声が震える。


 「俺たちは何のために……」


 さらに涙が落ちる。


 「何のためにこんなことを……」


 肩を震わせる。


 誰も答えられない。


 食堂には雨音だけが響いていた。


 その時だった。


 滝が制服の懐へ手を入れる。


 そして。


 もう一通の封筒を取り出した。


 「もう一通あります」


 全員の視線が向く。


 滝は静かに言った。


 「ヤマー子爵から預かっていました」


 「皇帝陛下宛です」


 皇帝の目がわずかに見開かれる。


 滝は両手で差し出した。


 「もし自分が死んだ時は渡してほしいと」


 皇帝は無言で受け取る。


 封を切る。


 読み進める。


 やがて。


 静かに目を閉じた。


 「……そうか」


 それだけだった。


 だが。


 その表情はどこか悲しげだった。


 クガーが立ち上がる。


 そして。


 皇帝へ向き直った。


 深く頭を下げる。


 「陛下」


 静かな声。


 「私は止められませんでした」


 「ヒコを」


 「スオーの若者達を」


 「そして――」


 「佐田仁を」


 誰も動かない。


 クガーは続ける。


 「彼らを導くと決めたのは私です」


 「だが救えなかった」


 「その責任は私にあります」


 静寂。


 クガーはゆっくりと腰の剣へ手をかけた。


 そして。


 鞘から抜き放つ。


 鋼の音が食堂に響いた。


 誰も息を飲む。


 クガーは刃先を自らの喉へ向ける。


 「これが」


 「私なりの責任の取り方です」


 雨音だけが響いていた。


 誰も動けない。


 誰も言葉を発せない。


 そして――


 クガーは静かに剣を握り締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。