第137話 悔恨
滝は静かに言った。
「佐田は情に流されて失敗したんじゃない」
ヒコが眉をひそめる。
滝は続けた。
「自分の理想や主義主張を絶対のものだと信じた」
「そして、そのためなら他人を犠牲にしてもいいと思った」
「それが失敗した理由だ」
沈黙。
「本人は違うと思っているんだろうな」
「愛した女に計画を打ち明けた」
「そして密告された」
「だから情に流されたのが失敗だったと」
滝は首を横に振る。
「違う」
「誰かの犠牲を勝手な正義で片付ける」
「その狂気が受け入れられなかっただけだ」
ヒコの顔が険しくなる。
滝は構わず続けた。
「お前たちがスオーのことを思っていたのは分かる」
「犠牲になった人たちへの怒りも分かる」
「だが」
「それが他人を犠牲にしていい理由にはならない」
ヒコが声を荒げた。
「お前たちに何が分かる!」
滝は即座に答える。
「分からないさ」
ヒコが言葉を失う。
「俺はスオーの人間じゃない」
「お前たちが積み重ねてきた苦しみも知らない」
「だから分からない」
一拍。
「だがな」
滝の声が低くなる。
「今回の爆破事件の犠牲者はどうだ」
「口封じで殺された職人はどうだ」
「残された家族はどうだ」
ヒコの表情が固まる。
滝は真っ直ぐ見据えた。
「お前のその理屈が」
「そいつらに通じると思うか」
重い沈黙。
「……」
ヒコは答えられない。
滝はさらに言った。
「あの現場を見たか」
「吹き飛ばされた建物を」
「泣いていた遺族を」
「血だらけで運ばれていく負傷者を」
ヒコは視線を落とした。
反論できない。
滝はしばらく黙る。
そして――
ヒコがゆっくり口を開いた。
「……クガー様も」
「お前と同じことを言った」
滝は黙って聞いている。
「ハギー様の誘拐計画」
「街の爆破計画」
「それを聞いた時だ」
「不穏分子の存在と地方の情勢を皇帝に認識させるだけで十分だと」
「後は諸侯会議で説得するとな」
周囲が静まり返る。
「佐田も、その場では分かったと言った」
「だが――」
ヒコの表情が曇る。
「止まらなかった」
「リアタも」
「ザキもだ」
「ここまで金も人も使った」
「今さらやめられないと言った」
ヒコは拳を握る。
「あの時の勢いを前に」
「俺は止められなかった」
苦い声だった。
「いや」
「本気で止めるつもりなら方法はあった」
滝が静かに見る。
ヒコは自嘲するように笑った。
「俺が密告すれば良かったんだ」
「だが、できなかった」
沈黙。
「クガー様は言っていた」
「佐田は危険な男だと」
「だから仲間として監視する」
「もし必要以上に民へ犠牲を強いるなら」
「この手で始末すると」
ヒコはゆっくり首を振る。
「だが」
「佐田は爆破事件を起こした」
「そして――」
「クガー様の意思を知り」
「捜査を始めたお前の姿を見て」
「姿を消した」
ヒコは遠くを見る。
「俺はクガー様を恨んじゃいない」
「多分、クガー様やあんたの方が正しいんだろう」
「それでも――」
「俺には捨てられなかった」
「スオーのことも」
「仲間のこともな」
滝は何も言わない。
責めることも。
慰めることも。
しなかった。
ただ静かに聞いていた。
外では雨が強くなっている。
屋根を叩く音だけが響く。
ヒコはその音を聞きながら呟いた。
「結局」
「誰も止められなかったんだ」
雨音が続く。
重く。
どこまでも重く。
後悔だけを残すように。




