第135話 嵐の夜
空は荒れていた。
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黒い雲。
叩きつける雨。
吹き荒れる風。
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ヒコたちは足早に山道を進んでいた。
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目指すは領都スオー。
その中にある武器庫。
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この嵐なら見張りも油断する。
雨風に紛れて近づくこともできる。
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今夜こそ決起する。
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誰もがそう信じていた。
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その時だった。
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轟音。
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空が白く染まる。
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落雷。
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目の前の大木に雷が落ちた。
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爆発したような音。
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全員が足を止める。
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そして――
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誰かが叫んだ。
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「人だ!」
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木の根元。
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そこに男が倒れていた。
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見慣れない服。
大柄な体。
白髪混じりの髪。
そして顔には大きな傷。
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異国の人間だった。
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少なくとも、この辺りでは見ない顔立ちだった。
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男の手には一枚の絵が握られている。
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母親。
そして赤ん坊。
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あまりにも美しい絵だった。
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まるで本物がそこにいるようだった。
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ヒコは思わず見入った。
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こんな絵を見たことがない。
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恐る恐る近づく。
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男は生きていた。
呼吸もある。
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「放っていこう」
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誰かが言う。
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今はそれどころではない。
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だが――
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男が目を開いた。
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鋭い目だった。
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そして武装したヒコたちを見渡す。
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「どこへ行く?」
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低い声。
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ヒコは隠さなかった。
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どうせ今夜決起する。
話したところで問題ない。
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仲間たちも同じ考えだった。
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自分たちの理想。
怒り。
計画。
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全てを語った。
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そして最後に言う。
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「協力しろ」
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男は黙って聞いていた。
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そして――
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首を横に振った。
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「断る」
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空気が凍る。
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「何だと?」
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仲間たちが怒る。
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「知った以上は生かしておけない」
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剣に手がかかる。
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だが男は笑った。
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ニヤリと。
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「だから失敗する」
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全員が言葉を失う。
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「お前たちの計画は希望的観測だ」
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ヒコが食い下がる。
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「違う!」
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「俺たちが立ち上がれば、各地で同じ不満を持つ者たちも必ず立ち上がる!」
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男は即座に返した。
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「必ず?」
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「そうだ!」
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「その根拠は?」
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ヒコが言葉を詰まらせる。
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男は容赦なく続けた。
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「立ち上がる者たちとは誰だ」
「何人いる」
「どこの村だ」
「誰が率いる」
「連絡方法は」
「決起の日時は共有されているのか」
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誰も答えられない。
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男は鼻で笑った。
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「願望を計画と呼ぶな」
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別の若者が叫ぶ。
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「俺たちにはクガー様がいる!」
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「クガー様が後ろ盾になってくれる!」
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男は首を傾げた。
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「具体的には?」
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「え?」
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「金か」
「兵か」
「武器か」
「食料か」
「情報か」
「逃走先か」
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「何を用意してくれる」
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若者は黙る。
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男の目が鋭くなる。
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「クガー本人から約束されたのか?」
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「それとも誰かに聞いただけか?」
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沈黙。
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男は一人一人の顔を見渡した。
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「失敗した場合は?」
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沈黙。
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「計画変更は?」
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沈黙。
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「補給は?」
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沈黙。
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「敵の動きは把握しているのか?」
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沈黙。
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男は容赦なく言った。
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「戦略がない」
「情報がない」
「補給計画もない」
「失敗した時の対応もない」
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そして――
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「成功した後のことも考えていない」
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一拍。
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「判断基準が精神論だけだ」
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さらに男は言った。
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「幼稚だな」
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反論できる者はいなかった。
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胸の中で燃えていた決起の炎が――
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男の言葉という雨に打たれ、
消えていく。
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悔しかった。
腹も立った。
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だが。
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全部その通りだった。
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誰も反論できない。
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男は全員を見渡す。
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「お前たちは革命を語っている」
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「だが、やろうとしているのは革命じゃない」
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一拍。
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「ただの集団自殺だ」
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沈黙。
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嵐の音だけが響く。
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そして気付く。
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この男は違う。
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自分たちとは比べものにならないほど多くを知っている。
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その頭脳。
その知識。
その弁舌。
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気付けば誰もが畏怖していた。
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男はゆっくりと立ち上がる。
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そして言った。
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「だが」
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一拍。
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「俺の言う通りにやれば、今よりは勝ち目がある」
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全員が顔を上げる。
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男は笑った。
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自信に満ちた笑みだった。
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「まず計画を最初から作り直す」
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嵐の中。
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誰も口を挟まない。
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男だけが静かに立っていた。
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まるで最初から全てを見通しているように。
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ヒコは思わず尋ねる。
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「……あんた、何者だ」
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男は答えた。
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「佐田仁」
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嵐の音に負けない声だった。
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それが――
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後に歴史を変える男との出会いだった。




