↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
135/164

第135話 嵐の夜

 空は荒れていた。


⸻


 黒い雲。


 叩きつける雨。


 吹き荒れる風。


⸻


 ヒコたちは足早に山道を進んでいた。


⸻


 目指すは領都スオー。


 その中にある武器庫。


⸻


 この嵐なら見張りも油断する。


 雨風に紛れて近づくこともできる。


⸻


 今夜こそ決起する。


⸻


 誰もがそう信じていた。


⸻


 その時だった。


⸻


 轟音。


⸻


 空が白く染まる。


⸻


 落雷。


⸻


 目の前の大木に雷が落ちた。


⸻


 爆発したような音。


⸻


 全員が足を止める。


⸻


 そして――


⸻


 誰かが叫んだ。


⸻


 「人だ!」


⸻


 木の根元。


⸻


 そこに男が倒れていた。


⸻


 見慣れない服。


 大柄な体。


 白髪混じりの髪。


 そして顔には大きな傷。


⸻


 異国の人間だった。


⸻


 少なくとも、この辺りでは見ない顔立ちだった。


⸻


 男の手には一枚の絵が握られている。


⸻


 母親。


 そして赤ん坊。


⸻


 あまりにも美しい絵だった。


⸻


 まるで本物がそこにいるようだった。


⸻


 ヒコは思わず見入った。


⸻


 こんな絵を見たことがない。


⸻


 恐る恐る近づく。


⸻


 男は生きていた。


 呼吸もある。


⸻


 「放っていこう」


⸻


 誰かが言う。


⸻


 今はそれどころではない。


⸻


 だが――


⸻


 男が目を開いた。


⸻


 鋭い目だった。


⸻


 そして武装したヒコたちを見渡す。


⸻


 「どこへ行く?」


⸻


 低い声。


⸻


 ヒコは隠さなかった。


⸻


 どうせ今夜決起する。


 話したところで問題ない。


⸻


 仲間たちも同じ考えだった。


⸻


 自分たちの理想。


 怒り。


 計画。


⸻


 全てを語った。


⸻


 そして最後に言う。


⸻


 「協力しろ」


⸻


 男は黙って聞いていた。


⸻


 そして――


⸻


 首を横に振った。


⸻


 「断る」


⸻


 空気が凍る。


⸻


 「何だと?」


⸻


 仲間たちが怒る。


⸻


 「知った以上は生かしておけない」


⸻


 剣に手がかかる。


⸻


 だが男は笑った。


⸻


 ニヤリと。


⸻


 「だから失敗する」


⸻


 全員が言葉を失う。


⸻


 「お前たちの計画は希望的観測だ」


⸻


 ヒコが食い下がる。


⸻


 「違う!」


⸻


 「俺たちが立ち上がれば、各地で同じ不満を持つ者たちも必ず立ち上がる!」


⸻


 男は即座に返した。


⸻


 「必ず?」


⸻


 「そうだ!」


⸻


 「その根拠は?」


⸻


 ヒコが言葉を詰まらせる。


⸻


 男は容赦なく続けた。


⸻


 「立ち上がる者たちとは誰だ」


 「何人いる」


 「どこの村だ」


 「誰が率いる」


 「連絡方法は」


 「決起の日時は共有されているのか」


⸻


 誰も答えられない。


⸻


 男は鼻で笑った。


⸻


 「願望を計画と呼ぶな」


⸻


 別の若者が叫ぶ。


⸻


 「俺たちにはクガー様がいる!」


⸻


 「クガー様が後ろ盾になってくれる!」


⸻


 男は首を傾げた。


⸻


 「具体的には?」


⸻


 「え?」


⸻


 「金か」


 「兵か」


 「武器か」


 「食料か」


 「情報か」


 「逃走先か」


⸻


 「何を用意してくれる」


⸻


 若者は黙る。


⸻


 男の目が鋭くなる。


⸻


 「クガー本人から約束されたのか?」


⸻


 「それとも誰かに聞いただけか?」


⸻


 沈黙。


⸻


 男は一人一人の顔を見渡した。


⸻


 「失敗した場合は?」


⸻


 沈黙。


⸻


 「計画変更は?」


⸻


 沈黙。


⸻


 「補給は?」


⸻


 沈黙。


⸻


 「敵の動きは把握しているのか?」


⸻


 沈黙。


⸻


 男は容赦なく言った。


⸻


 「戦略がない」


 「情報がない」


 「補給計画もない」


 「失敗した時の対応もない」


⸻


 そして――


⸻


 「成功した後のことも考えていない」


⸻


 一拍。


⸻


 「判断基準が精神論だけだ」


⸻


 さらに男は言った。


⸻


 「幼稚だな」


⸻


 反論できる者はいなかった。


⸻


 胸の中で燃えていた決起の炎が――


⸻


 男の言葉という雨に打たれ、


 消えていく。


⸻


 悔しかった。


 腹も立った。


⸻


 だが。


⸻


 全部その通りだった。


⸻


 誰も反論できない。


⸻


 男は全員を見渡す。


⸻


 「お前たちは革命を語っている」


⸻


 「だが、やろうとしているのは革命じゃない」


⸻


 一拍。


⸻


 「ただの集団自殺だ」


⸻


 沈黙。


⸻


 嵐の音だけが響く。


⸻


 そして気付く。


⸻


 この男は違う。


⸻


 自分たちとは比べものにならないほど多くを知っている。


⸻


 その頭脳。


 その知識。


 その弁舌。


⸻


 気付けば誰もが畏怖していた。


⸻


 男はゆっくりと立ち上がる。


⸻


 そして言った。


⸻


 「だが」


⸻


 一拍。


⸻


 「俺の言う通りにやれば、今よりは勝ち目がある」


⸻


 全員が顔を上げる。


⸻


 男は笑った。


⸻


 自信に満ちた笑みだった。


⸻


 「まず計画を最初から作り直す」


⸻


 嵐の中。


⸻


 誰も口を挟まない。


⸻


 男だけが静かに立っていた。


⸻


 まるで最初から全てを見通しているように。


⸻


 ヒコは思わず尋ねる。


⸻


 「……あんた、何者だ」


⸻


 男は答えた。


⸻


 「佐田仁」


⸻


 嵐の音に負けない声だった。


⸻


 それが――


⸻


 後に歴史を変える男との出会いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。