第134話 謝罪
重い沈黙が続いていた。
誰も言葉を発しない。
ヒコの告白。
その余韻だけが食堂を支配していた。
やがて――
皇帝が静かに立ち上がる。
誰も動かない。
皇帝はヒコを見る。
そして、深く頭を下げた。
食堂の空気が凍る。
ハギーが目を見開く。
ミネーも息を呑んだ。
コグシーも。
ミヤーノも。
誰も止められない。
皇帝は頭を下げたまま言う。
「すまなかった」
静かな声。
「余は救うと約束した」
「だが救えなかった」
「言い訳はせぬ」
「余の責任だ」
沈黙。
ヒコは皇帝を見つめる。
やがて口を開いた。
「今さらです」
静かな声だった。
怒鳴らない。
責めもしない。
だからこそ重い。
「誰も戻りません」
「父も」
「母も」
「兄弟も」
「皆、死にました」
「そして私達も」
「もう、あの頃には戻れない」
皇帝は何も言わなかった。
言える言葉がなかった。
ミヤーノが静かに口を開く。
「つまり」
「それが今回の事件の動機ですか」
ヒコが頷く。
「そうです」
「スオーで死んでいった人達のためです」
「そして」
「腐敗した今の国を変えるためでした」
そこで、滝が口を開いた。
「一つ聞く」
全員の視線が集まる。
滝はヒコを見た。
「俺と同じ国から来た男だ」
「頬に傷がある大男」
「爆破はあいつの仕業だろう」
ヒコの眉が僅かに動く。
「そこまでご存じでしたか」
「佐田仁のことを」
滝の目が細くなる。
「やはりか」
ヒコは小さく息を吐いた。
「警察という組織との因縁ですか」
滝は頷く。
「浅くはない」
短い言葉。
それ以上は語らない。
ヒコも追及しなかった。
「戦争が終わった後の話です」
ヒコが語り始める。
「スオーには新政府から領知事が赴任してきました」
「ですが」
「その男はスオーのことなど考えていなかった」
「自分の出世と蓄財ばかりでした」
ヒコの目に怒りが宿る。
「あれほど犠牲を払ったのに」
「何も変わらなかった」
「だから私は仲間を集めました」
「決起するためです」
「領知事を討ち」
「武器庫を襲い」
「腐敗した政治を正そうとした」
「そして私は」
「その計画をクガー様へ打ち明けました」
食堂が静まり返る。
「本来であれば」
「クガー様は私達を捕らえることも出来た」
「反逆の計画だったのですから」
ヒコは小さく笑う。
「ですがクガー様は、私達を咎めませんでした」
「若者が血を流すことを望まれなかったのでしょう」
「黙って」
「私達の話を聞いてくださったのです」
クガーは何も言わない。
表情も変えない。
「そして私達に言われました」
『そんなことをしても何も解決しない』
『若い命で出来ることは他にあるはずだ』
ヒコが苦笑する。
「今思えば」
「正しかったのでしょう」
「ですが当時の私には理解できなかった」
食堂は静まり返っている。
「その後」
「我々は領知事の横領を知りました」
「証拠もあった」
「そして」
ヒコは一度、言葉を止めた。
「領知事を殺した」
誰も動かない。
ヒコは続ける。
「だが何も変わらなかった」
「後任も同じでした」
「腐敗は終わらなかった」
「だから私達は再びクガー様の元へ行ったのです」
ヒコの声が少し震える。
「あの日」
「私はクガー様に言いました」
「このままではスオーは何も変わらない」
「力が必要ですと」
クガーは静かに目を閉じる。
「すると」
「クガー様はおっしゃった」
『是非もなし』
『この命、お前達に預けよう』
食堂に重い沈黙が落ちる。
ヒコは遠くを見る。
まるで、あの日を思い出すように。
「その日も酷い嵐でした」
「雨も風も強かった」
「見張りの目も鈍る」
「だから私達は決行を選んだのです」
「武器庫を襲撃するため」
「仲間達と向かっていました」
「あの夜のことは今でも覚えています」
滝の表情が変わる。
ヒコは静かに続けた。
「そこで出会ったのです」
「一人の男に」
「佐田仁」
「それが彼の名でした」
食堂に再び沈黙が落ちる。




