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第129話 夕暮れの余韻

 滝が去った後、部屋には静けさだけが残っていた。


 扉の閉まる音が、やけに遠く感じられる。


⸻


 ヤマーはベッドに身を預けたまま、窓の外を見ていた。


 夕日が沈みかけている。


 赤い光が屋敷の壁を静かに染めていた。


⸻


 全てを話した。


 スオーの戦。


 クガーの決断。


 ヒカリーの反転。


 そして、自分の裏切り。


⸻


 言葉にした瞬間、胸の奥に沈んでいたものが、わずかに形を変えた。


⸻


 消えたわけではない。


 だが、もう“塊”ではなかった。


⸻


 「……馬鹿なものだな」


⸻


 誰に言うでもなく、呟く。


⸻


 話すことで救われるなどと、若い頃の自分なら笑っていただろう。


⸻


 それでも今は、違った。


⸻


 窓の外で夕日が揺れる。


 その色は、ゆっくりと夜に飲み込まれつつあった。


⸻


 そのときだった。


⸻


 階下がわずかにざわつく。


 驚いたような声。


 何かを確認するような足音。


 慌ただしさはあるが、騒乱ではない。


⸻


 ヤマーは薄く目を開けた。


⸻


 「……憲兵隊が来たか」


⸻


 だが声に緊張はない。


 むしろ静かだった。


⸻


 長く話しすぎた余韻の中にいる。


⸻


 やがて階段を上がる足音が響く。


 重く、迷いのない音。


⸻


 扉の前で止まる。


⸻


 そして。


⸻


 扉が開いた。


⸻


 ヤマーの目がわずかに見開かれる。


⸻


 「……陛下」


⸻


 カンク十七世。


 皇帝がそこに立っていた。


⸻


 ヤマーは一瞬だけ目を細める。


⸻


 (滝殿が呼んだのだな)


⸻


 それ以上の驚きはなかった。


⸻


 皇帝は何も言わず、ヤマーを見つめた。


⸻


 そして、ゆっくりと一歩前に出る。


⸻


 次の瞬間。


⸻


 深く、頭を下げた。


⸻


 沈黙。


⸻


 ただ夕日の光だけが、二人の間を満たしていた。


⸻


 ヤマーは目を細める。


⸻


 「陛下が……そのようなことをされるとは」


⸻


 皇帝は頭を上げないまま、静かに言った。


⸻


 「遅くなった」


⸻


 その一言だけだった。


⸻


 ヤマーは小さく息を吐く。


⸻


 「十分ですな」


⸻


 「その一言で」


⸻


 窓の外の夕日は、ほとんど沈みかけていた。


⸻


 世界が赤から暗闇へ移る境界。


⸻


 ヤマーは天井を見上げる。


⸻


 「スオーの件」


⸻


 「陛下は後になって、真実をお知りになった」


⸻


 皇帝は否定しない。


⸻


 「そして……ヒカリー公の判断を、止めることができなかった」


⸻


 静かな沈黙。


⸻


 「結果として、スオーを犠牲にしたことを」


⸻


 「陛下は、ずっと背負っておられた」


⸻


 皇帝はゆっくりと目を閉じる。


⸻


 それが答えだった。


⸻


 ヤマーはわずかに笑う。


⸻


 「陛下らしい」


⸻


 「全てを救えぬなら」


 「全てを背負う」


⸻


 「そして、誰よりも苦しむ」


⸻


 沈黙。


⸻


 ヤマーはゆっくりと呼吸を整えた。


⸻


 胸の奥の重さは、まだ残っている。


 それでも、形は変わっていた。


⸻


 「……話せてよかった」


⸻


 もう誰も聞いていないはずの言葉が、静かに落ちる。


⸻


 それでも構わなかった。


⸻


 言葉にしたこと自体に意味があった。


⸻


 窓の外。


 夕日は完全に沈みかけていた。


⸻


 ヤマーは静かに目を閉じる。


⸻


 そして、最後に小さく息を吐いた。


⸻


 夜が、ゆっくりと降りていく。

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