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128/163

第128話 託された願い

 「クサツー」


 「リアタ」


 「そしてチョウ」


⸻


 その名前を聞いた瞬間。


 滝の表情が僅かに変わった。


⸻


 ヤマーはそれを見逃さなかった。


 口元が僅かに緩む。


⸻


 「どうやら心当たりがあるようだな」


⸻


 滝は視線を向ける。


 ヤマーは苦笑した。


⸻


 「貴殿が今、一番聞きたい話ではないか?」


⸻


 図星だった。


⸻


 「なぜ、それを?」


⸻


 滝の問いにヤマーは肩を竦める。


⸻


 「貴殿が王都爆破事件を追っていることくらいは知っている」


⸻


 貴族社会の噂は早い。


 司法省の大佐が動いていることも。


 爆破事件の捜査責任者であることも。


 隠し通せる話ではない。


⸻


 「もっとも」


 ヤマーは酒を見つめる。


 「私はもう長くない身だ」


⸻


 「今さら王都がどうなろうと知ったことではない」


⸻


 自嘲するように笑う。


⸻


 「そう思っていた」


⸻


 しばらく沈黙する。


⸻


 「だが昔話をしているうちに色々と思い出してな」


⸻


 その目は遠くを見ていた。


⸻


 「正直、この先を話すべきか迷っている」


⸻


 「墓場まで持っていくつもりだったからな」


⸻


 滝は黙って聞いていた。


⸻


 やがて静かに言う。


⸻


 「無理に話せとは言いません」


⸻


 ヤマーが顔を上げる。


⸻


 「ほう?」


⸻


 「言ったところで」


 滝は少し笑った。


 「あなたは聞くような人ではないでしょう」


⸻


 一瞬。


 ヤマーが目を丸くする。


⸻


 そして声を上げて笑った。


⸻


 久しぶりに見せる自然な笑いだった。


⸻


 「違いない」


⸻


 笑いが収まる。


⸻


 滝の表情も真剣なものへ変わった。


⸻


 「ですが」


⸻


 「迷っているということは」


⸻


 「心残りがあるのでしょう」


⸻


 部屋が静まり返る。


⸻


 「飲み込んで悔いを残すか」


⸻


 「吐き出すか」


⸻


 「それはあなたが決めることです」


⸻


 「私は強制しません」


⸻


 ヤマーは滝を見つめた。


⸻


 しばらくして。


 ゆっくり頷く。


⸻


 「分かった」


⸻


 「話そう」


⸻


 そして小さく息を吐いた。


⸻


 「その代わり一つ頼みがある」


⸻


 「息子は何も知らん」


⸻


 「この件には関わっておらん」


⸻


 「大佐殿、頼めるか」


⸻


 滝は即座に頷いた。


⸻


 「分かりました」


⸻


 「どのような話であっても」


⸻


 「ご子息が関与していない限り、連座させることはありません」


⸻


 「司法卿にも私から申し伝えます」


⸻


 ヤマーは安心したように目を閉じた。


⸻


 「察しが良いな」


⸻


 そして再び語り始める。


⸻


 「最初に接触してきたのはクサツーだった」


⸻


 戦後しばらくしてからだ。


 奴は私の様子を探っていた。


⸻


 酒に溺れ。


 政務にも興味を示さず。


 投げやりに生きる私を見て。


⸻


 「今の政府は貴族に厳しすぎる」


⸻


 そんな話を始めた。


⸻


 「少しくらい特権を利用して儲けても良いではないか」


⸻


 そう言ってな。


⸻


 私は興味もなかった。


⸻


 「好きにしろ」


⸻


 そう返しただけだ。


⸻


 すると次に現れたのがリアタだった。


⸻


 奴は密輸の話を持ち込んできた。


⸻


 最初は名義貸し。


 倉庫の利用。


 貿易許可の便宜。


⸻


 危険な仕事は何もない。


⸻


 ただ名前を貸すだけ。


⸻


 そして金が入る。


⸻


 何もしなくてもな。


⸻


 ヤマーは苦く笑う。


⸻


 「正直」


⸻


 「悪い気はしなかった」


⸻


 政府高官にも。


 地位を利用して私腹を肥やす者はいた。


⸻


 それを見てきた。


⸻


 自分だけ清廉でいる理由も見失っていた。


⸻


 「入った金は酒代には十分過ぎた」


⸻


 「余った分は匿名でスオーへ送っていた」


⸻


 沈黙。


⸻


 「そんなことが罪滅ぼしにならんことも分かっていたがな」


⸻


 滝は何も言わない。


⸻


 そして。


 話は核心へ入る。


⸻


 「ある日」


⸻


 「クサツーを通じてチョウという男が現れた」


⸻


 部屋の空気が変わる。


⸻


 「奴は言った」


⸻


 『今の政府は腐っている』


⸻


 『新しい政府を作る』


⸻


 『その旗頭はクガーだ』


⸻


 ヤマーの顔から笑みが消える。


⸻


 「各地で混乱を起こす」


⸻


 「不満を煽る」


⸻


 「そして決起する」


⸻


 「その時の交渉材料として皇女を誘拐する」


⸻


 滝の目が細くなる。


⸻


 王都爆破事件。


 皇女誘拐計画。


⸻


 全てが繋がり始めていた。


⸻


 「驚いたことに」


⸻


 「その説明をしたのはチョウだけではない」


⸻


 ヤマーは拳を握る。


⸻


 「クガー本人だった」


⸻


 滝は息を呑む。


⸻


 「奴は言った」


⸻


 『お前が必要だ』


⸻


 『力を貸してくれ』


⸻


 そう言った。


⸻


 ヤマーは静かに首を振った。


⸻


 「だがその頃には病が進んでいた」


⸻


 「どうせ長くない」


⸻


 「そんな大仕事に付き合える身体ではなかった」


⸻


 それに。


⸻


 「私は上手くいくとも思わなかった」


⸻


 理想だけで国は変わらない。


⸻


 それは嫌というほど見てきた。


⸻


 だが。


⸻


 ヤマーの顔が曇る。


⸻


 「爆破事件で考えが変わった」


⸻


 「あいつらは本気だ」


⸻


 「冗談でも夢物語でもない」


⸻


 「本当にやるつもりだ」


⸻


 震える声だった。


⸻


 「そして今日」


⸻


 「昔話をして思い出した」


⸻


 長い沈黙。


⸻


 「クガーは今も陛下を誤解したままだ」


⸻


 「裏切られたと思ったままだ」


⸻


 「もし真実を知らぬまま進めば」


⸻


 「また多くの人間が傷付く」


⸻


 「スオーの者達もだ」


⸻


 ヤマーの目に涙が浮かぶ。


⸻


 「もう見たくない」


⸻


 「これ以上は耐えられん」


⸻


 震える声。


⸻


 「大佐殿」


⸻


 「私はどうなってもいい」


⸻


 「だから――」


⸻


 「クガーを止めてくれ」


⸻


 「街の人々を救ってやってくれ」


⸻


 頬を伝う涙を隠そうともせず。


⸻


 かつて親友を裏切った男は。


 初めて本心を口にしたのだった。

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