第127話 裏切り
静かな部屋だった。
先ほどまでの話を聞き、滝は黙っていた。
皇帝カンク十七世はスオーを見捨てたわけではなかった。
むしろ王都を危険にさらしてでも助けようとしていた。
だが援軍は来なかった。
そして、その総指揮官はヒカリー公だった。
滝は静かに口を開く。
「なぜヒカリー公は命令に背いたんです?」
ヤマーは酒を口に運んだ。
苦いものを飲み込むように。
「陛下の命令は確かにスオー救援だった」
そして遠い昔を見るように目を細める。
「我々は王都を出陣した」
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当時の政府軍は劣勢だった。
各地で敗北が続き、領主連合の勢いは増していた。
王都も決して安全ではない。
もし主力を失えば戦争そのものが終わる。
そんな状況だった。
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「スオーまであと数日」
「その辺りだった」
ヤマーは呟いた。
「ヒカリー公は全軍を停止させた」
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将兵達も理由が分からなかった。
だがヒカリー公は地図を広げた。
そして静かに言った。
『今からスオーへ向かっても間に合わぬ』
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『だが領主連合の本拠地は空になっている』
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『奴らは勝利を確信している』
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『今なら首を取れる』
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ヤマーは当時を思い出したのか顔をしかめた。
「私は反対した」
「勅命に背くことになります」
「陛下はスオー救援を命じられたのです」
そう進言した。
当然だ。
軍人が命令を無視して良いはずがない。
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だが。
ヒカリー公は首を横に振った。
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『戦争に負ければ全て終わる』
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『王都も落ちる』
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『スオーも滅ぶ』
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『ここで勝たねば意味がない』
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そして。
さらに続けた。
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『この戦で勝利に貢献した者には褒美を約束する』
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『爵位も地位も思うがままだ』
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『私が保証する』
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ヤマーは自嘲した。
「今思えば見事な演説だった」
「恐怖と欲望」
「両方を使った」
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滝は黙って聞いていた。
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「そして私は従った」
ヤマーが言う。
「親友を裏切った」
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部屋が静まり返る。
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「私の部隊だけでもスオーへ向かえた」
「そうすれば多少は助けになったかもしれん」
「だが私は行かなかった」
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「勝ち馬に乗った」
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「それが事実だ」
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ヤマーは杯を握る。
その手に力が入っていた。
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軍は反転した。
そして領主連合の本拠地を急襲した。
戦争を主導していた領主達を捕縛。
政府軍は一気に形勢を逆転した。
改革戦争は終結した。
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結果だけ見れば。
ヒカリー公の判断は正しかった。
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「だがな」
ヤマーは低く言った。
「結果と道理は別だ」
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スオーは壊滅寸前まで追い込まれた。
数え切れぬ犠牲が出た。
街には今も傷跡が残っている。
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戦後。
ヤマーは戦後処理で訪れたスオーで久しぶりにクガーと再会した。
あの美しかった街は荒れ、多くの人が亡くなっていた。
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「殴られると思った」
「罵倒されると思った」
「当然だからな」
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援軍は来る。
そう言って兵を励ましていた男だ。
その約束を裏切った側の人間なのだから。
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ヤマーは静かに笑った。
寂しそうな笑みだった。
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「だがクガーは違った」
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『すまなかった』
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そう言って頭を下げた私に。
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クガーは首を振った。
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『俺がお前の立場ならそうしただろう』
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『俺はお前を責めん』
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そして。
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『だが陛下は許せん』
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『約束したはずだ』
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『助けると言ったはずだ』
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ヤマーは目を閉じた。
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「何度も真実を話そうと思った」
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陛下は裏切っていない。
命令に背いたのはヒカリー公だ。
そう言えばよかった。
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だが。
言えなかった。
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ヒカリー公は改革戦争最大の英雄になっていた。
皇帝の名声も頂点にあった。
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強欲な領主連合を打ち破り。
見事な作戦で国家を救った英雄達。
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そんな物語が国を支えていた。
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今さら真実を暴けばどうなる。
再び国は揺れる。
貴族達は争う。
軍も割れる。
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皇帝の威信は傷付く。
ヒカリー公の名声も失われる。
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だから。
言えなかった。
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「私も共犯者だったからな」
ヤマーは苦笑した。
「偉そうなことは言えん」
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戦後。
ヤマーは爵位を上げた。
政府の要職への打診も受けた。
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だが断った。
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そんな資格はないと思った。
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「表舞台に立たなかったのは」
「私なりの贖罪だ」
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そして。
自然と酒が増えた。
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「見ての通りだ」
ヤマーは自嘲した。
「情けない話だろう」
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滝は何も言わなかった。
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誰もヤマーを責めなかった。
だからこそ。
本人だけが自分を責め続けていた。
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「だがな」
ヤマーの表情が曇る。
「火種は残った」
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どれだけ取り繕っても。
どれだけ真実を隠しても。
消えないものがある。
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政府への不満。
皇帝への疑念。
貴族達の野心。
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そして。
それを利用しようとする者達。
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「私の行動を見て」
「政府への不満を抱いていると思ったのだろう」
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ヤマーは低く呟いた。
「色々な連中が寄ってきた」
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「最初はクサツー」
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「次にリアタ」
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そして。
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ヤマーの目が細くなる。
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「チョウだ」
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その名前を聞いた瞬間。
滝の表情が変わった。
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部屋の空気が重く沈む。
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ヤマーは杯を置いた。
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小さな音が妙に大きく響いた。
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長い昔話は終わりに近付いていた。
そして。
本当の問題はここから始まるのだった。




