↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
124/163

第124話 若き日の誓い

 ヤマーはグラスを手に取った。


 しばらく揺れる酒を眺めてから、小さく笑う。


 「さて、どこから話したものかな」


 「お任せします」


 滝がそう答えると、ヤマーは頷いた。


 「では、若い頃の話からだな」


⸻


 私は貧しい男爵家の長男坊だった。


 ヤマーはそう語り始めた。


 男爵家とは名ばかり。


 領地は痩せており、収入も少ない。


 決して飢えるほどではなかったが、裕福とは程遠い生活だった。


 「家を盛り立てるには出世するしかなかった」


 ヤマーは遠い昔を思い出すように目を細めた。


 「官僚になるか、軍人になるか。そのどちらかだった」


 そのために貴族学校へ進学した。


 寄宿舎生活だったという。


 だが、そこもまた厳しい世界だった。


 爵位。


 家柄。


 家の財力。


 それらが露骨に物を言う世界。


 「男爵家の倅など相手にもされん」


 ヤマーは苦笑する。


 「悔しかったな」


 だからこそ勉強した。


 だからこそ努力した。


 いつか出世して見返してやろう。


 そんな気持ちで必死だった。


 「今思えば若かった」


 「若いからこそ頑張れたのかもしれません」


 滝が言う。


 ヤマーは満足そうに頷いた。


 「違いない」


⸻


 そんな学校生活の中で、一人だけ変わった男がいた。


 クガーだった。


 今のクガー侯爵。


 スオー領の領主。


 そして貴族会議の議長。


 誰もが知る大貴族である。


 だが、当時のクガーもまた同級生だった。


 「成績は優秀」


 「剣も強い」


 「人望もある」


 ヤマーは肩をすくめた。


 「まるで物語の主人公のような男だった」


 滝は少し笑う。


 確かに今のクガー侯爵を見ていると想像しやすい。


 「だがな」


 ヤマーは続けた。


 「奴は家柄を鼻にかけなかった」


 貴族学校では珍しい存在だった。


 男爵家だから。


 侯爵家だから。


 そんなことを気にしない。


 誰に対しても同じように接する男だった。


 「気付けば親友になっていた」


 ヤマーは懐かしそうに笑った。


 「ウマが合ったのだろう」


⸻


 長期休暇になると、スオー領にもよく遊びに行った。


 広大な屋敷。


 豊かな街。


 活気ある港。


 男爵家育ちのヤマーには何もかもが新鮮だった。


 そして、そこには一人の少女がいた。


 スサー。


 クガーの妹だった。


 今は亡きスサー皇后。


 そしてハギー殿下の母君でもある。


 「当時はまだ子供だったがな」


 ヤマーは笑った。


 「それでも目立つ娘だった」


 誰にでも優しい。


 身分を気にしない。


 そして驚くほど活発。


 名家の令嬢とは思えなかった。


 使用人とも平気で話し、街へ出れば子供たちと遊ぶ。


 そんな少女だった。


 「スオーの天使」


 そう呼ばれていたという。


 街の若者たちは皆、彼女に憧れていた。


 「もちろん私もその一人だ」


 ヤマーは豪快に笑った。


 「今なら息子に笑われそうだがな」


 滝も少しだけ口元を緩める。


 そして、ふと思った。


 ――ハギー殿下によく似ている。


 容姿の話ではない。


 身分を気にせず人と接するところ。


 誰にでも気さくに声をかけるところ。


 相手の立場を問わず手を差し伸べるところ。


 話を聞く限り、ハギーの人柄は母親譲りなのだろう。


 今は亡き皇后がどれほど慕われていたのか。


 少しだけ分かった気がした。


⸻


 やがて学校を卒業した。


 クガーは家を継ぐため政治の道へ。


 ヤマーは士官学校へ進んだ。


 そして軍人になった。


 「ここまでは良かった」


 ヤマーは静かに言った。


 その声に先ほどまでの明るさはない。


 滝も表情を引き締める。


 老人の視線は遠くを見ていた。


 まるで何十年も前の景色を眺めるように。


 「その後――戦争が始まった」


 部屋の空気が変わる。


 滝は何も言わない。


 ヤマーは続ける。


 「改革派と領主連合の戦争だ」


 その名は滝も知っていた。


 今の帝国の形を作った大戦。


 多くの貴族が没落し、多くの英雄が生まれた戦争。


 「私も参加した」


 ヤマーは静かに呟いた。


 「そしてあの戦争が――」


 老人はゆっくりと酒を飲む。


 「私を含め、多くの人間の人生を変えることになった」


 その瞳には後悔とも懐かしさともつかない感情が宿っていた。


 滝は黙って次の言葉を待つ。


 老兵の昔話は、ようやく本題へ入ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。