第122話 証明
占い館の中の空気は、完全に変わっていた。
先ほどまで館の奥へ続いていた行列も乱れている。列から抜ける者、様子を窺う者、その場に留まる者。誰もが迷っていた。
占い師は、その光景を見て顔を歪めた。
「貴様……!」
「商売の邪魔をしやがって!」
怒りを隠そうともしない。
滝は肩をすくめた。
「邪魔?」
「客として当然のことを聞いただけだ」
静かな声に、館内の視線が集まる。
「みんな必死に働いて金を稼いでいる。その金で薬を買いに来ているんだ」
滝は周囲を見回した。
顔色の悪い老人。咳をする男。不安そうな女。どれも人生を背負った顔だった。
「なら、薬がその金に見合ったものか確かめる権利がある。まして命に関わるものだからな」
占い師は何も言えなかった。反論が出てこない。
滝は小さく笑った。
「神の霊力があるんだろう?」
「なら自信を持てよ」
その言葉に、周囲から失笑が漏れる。
占い師の顔が赤くなった。
「こんなことをして……!」
「ただで済むと思うなよ!」
滝が眉を上げる。
「憲兵相手に脅しか」
占い師はなおも食い下がった。
「私はお前たちみたいな下っ端とは違う!」
「司法省にも顔が利くんだ!」
滝とコーナンは顔を見合わせた。
そして、二人とも吹き出した。
「そうか」
「好きにしてくれ」
滝は笑いを堪えながら言った。
「楽しみにしてる」
占い師の顔が引きつる。
その時だった。
「待て」
低い声が響いた。
初老の貴族だった。
皆の視線が集まる。
貴族は震える手で薬瓶を持ち上げた。息子が慌てて声を上げる。
「父上!」
だが、止められない。
貴族は栓を抜く。
そして、一気に飲み干した。
館内がどよめく。息子も従者も固まっていた。
占い師だけが勝ち誇ったように笑う。
「ご覧なさい!」
「こちらの方は私を信じてくださった!」
貴族は薬瓶を机に置き、占い師を見た。
「これで回復するのだな?」
占い師は胸を張った。
「もちろんです!」
「間違いありません!」
貴族はしばらく、その顔を見つめていた。
やがて、咳き込む。
苦しそうに胸を押さえる。
だが、次の瞬間、笑った。
豪快に。
医師にも見放され、自分の命が長くないことも知っている。ならば最後くらい、自分の目で白黒をつける。そんな覚悟が、その笑みに表れていた。
貴族は金貨を机の上へ置いた。
「私の名はヤマー子爵」
館内が静まり返る。
そして次の瞬間、ざわめきが爆発した。
「ヤマー子爵だと……?」
「まさか……」
「先の大戦で武勲を立てた、あのヤマーか」
人々の顔色が変わる。
滝も目を細めた。まさかこんな場所で、その名を聞くとは思わなかった。
ヤマーは構わず続ける。
「皆の衆」
「一カ月後、我が屋敷へ来られよ」
静かな声だった。だが、その言葉は館中に響いた。
「この薬が本物なら、私は元気になって諸君を迎えるだろう」
再び咳き込むヤマーを、息子が支えようとする。だが、ヤマーは手で制した。
「もし諸君らの出迎えをできなくば――」
館内が息を呑む。
「その時は、この薬の正体も分かるというものだ」
病人とは思えぬ豪胆さだった。まるで戦場に向かう将軍のような姿に、誰も言葉を発せなかった。
占い師だけは違った。
顔から血の気が引いている。青を通り越し、白い。足が震えていた。
やがて、その場に崩れ落ちる。
滝は黙ってそれを見ていた。
一カ月後。
その日を最も恐れているのは、他でもない占い師自身だった。




