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122/163

第122話 証明

 占い館の中の空気は、完全に変わっていた。


 先ほどまで館の奥へ続いていた行列も乱れている。列から抜ける者、様子を窺う者、その場に留まる者。誰もが迷っていた。


 占い師は、その光景を見て顔を歪めた。


「貴様……!」


「商売の邪魔をしやがって!」


 怒りを隠そうともしない。


 滝は肩をすくめた。


「邪魔?」


「客として当然のことを聞いただけだ」


 静かな声に、館内の視線が集まる。


「みんな必死に働いて金を稼いでいる。その金で薬を買いに来ているんだ」


 滝は周囲を見回した。


 顔色の悪い老人。咳をする男。不安そうな女。どれも人生を背負った顔だった。


「なら、薬がその金に見合ったものか確かめる権利がある。まして命に関わるものだからな」


 占い師は何も言えなかった。反論が出てこない。


 滝は小さく笑った。


「神の霊力があるんだろう?」


「なら自信を持てよ」


 その言葉に、周囲から失笑が漏れる。


 占い師の顔が赤くなった。


「こんなことをして……!」


「ただで済むと思うなよ!」


 滝が眉を上げる。


「憲兵相手に脅しか」


 占い師はなおも食い下がった。


「私はお前たちみたいな下っ端とは違う!」


「司法省にも顔が利くんだ!」


 滝とコーナンは顔を見合わせた。


 そして、二人とも吹き出した。


「そうか」


「好きにしてくれ」


 滝は笑いを堪えながら言った。


「楽しみにしてる」


 占い師の顔が引きつる。


 その時だった。


「待て」


 低い声が響いた。


 初老の貴族だった。


 皆の視線が集まる。


 貴族は震える手で薬瓶を持ち上げた。息子が慌てて声を上げる。


「父上!」


 だが、止められない。


 貴族は栓を抜く。


 そして、一気に飲み干した。


 館内がどよめく。息子も従者も固まっていた。


 占い師だけが勝ち誇ったように笑う。


「ご覧なさい!」


「こちらの方は私を信じてくださった!」


 貴族は薬瓶を机に置き、占い師を見た。


「これで回復するのだな?」


 占い師は胸を張った。


「もちろんです!」


「間違いありません!」


 貴族はしばらく、その顔を見つめていた。


 やがて、咳き込む。


 苦しそうに胸を押さえる。


 だが、次の瞬間、笑った。


 豪快に。


 医師にも見放され、自分の命が長くないことも知っている。ならば最後くらい、自分の目で白黒をつける。そんな覚悟が、その笑みに表れていた。


 貴族は金貨を机の上へ置いた。


「私の名はヤマー子爵」


 館内が静まり返る。


 そして次の瞬間、ざわめきが爆発した。


「ヤマー子爵だと……?」


「まさか……」


「先の大戦で武勲を立てた、あのヤマーか」


 人々の顔色が変わる。


 滝も目を細めた。まさかこんな場所で、その名を聞くとは思わなかった。


 ヤマーは構わず続ける。


「皆の衆」


「一カ月後、我が屋敷へ来られよ」


 静かな声だった。だが、その言葉は館中に響いた。


「この薬が本物なら、私は元気になって諸君を迎えるだろう」


 再び咳き込むヤマーを、息子が支えようとする。だが、ヤマーは手で制した。


「もし諸君らの出迎えをできなくば――」


 館内が息を呑む。


「その時は、この薬の正体も分かるというものだ」


 病人とは思えぬ豪胆さだった。まるで戦場に向かう将軍のような姿に、誰も言葉を発せなかった。


 占い師だけは違った。


 顔から血の気が引いている。青を通り越し、白い。足が震えていた。


 やがて、その場に崩れ落ちる。


 滝は黙ってそれを見ていた。


 一カ月後。


 その日を最も恐れているのは、他でもない占い師自身だった。

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