第120話 静かな男
「ヤマー子爵、ですか」
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司法省の執務室。
サカンは、書類をめくりながら頷いた。
「クガー侯爵と同年齢です。貴族学校時代、寄宿舎で親しくなったと聞いています」
「学生時代からの付き合いか」
「ええ。かなり長い縁ですね」
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滝は椅子にもたれながら話を聞いた。
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ヤマー子爵。
今のところ、表立った怪しさはない。
だが、クガー侯爵の名が出た以上、その周辺は洗う必要があった。
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「軍歴は?」
「あります」
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今度はサカンが答える。
机の上に、数枚の資料を置いた。
「先の大戦で従軍。スオー方面軍に所属していました」
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滝の目が細くなる。
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スオー。
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また、その名前だった。
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「その後、一度王都へ戻っています」
「負傷ですか?」
「いえ。詳細は不明です」
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サカンは淡々と続ける。
「ただ、その後に行われた領主連合軍本拠地への攻防戦で武功を挙げています」
「それで子爵に」
「元は男爵家ですから、異例の昇進ですね」
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サカンが書類を閉じる。
「ですが、その後は中央政府の要職には就いておりません」
「武功持ちにしては珍しいですね」
「ええ。軍務にも深く関わっていないようです」
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滝は顎に手を当てる。
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功績はある。
家柄も悪くない。
それでいて、中央から距離を置いている。
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その点だけを見れば、どこかクガー侯爵と似ていた。
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「最近の動きは?」
「目立ったものはありません」
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ミヤーノが少し考えてから続ける。
「そういえば……最近は社交の場にもほとんど姿を見せていないとか」
「社交嫌いですか?」
「以前は違いました」
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そこへ、ミヤーノが口を開く。
「ヤマー殿は、元々は明朗快活な人物です」
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穏やかな声だった。
「誰とでも気さくに話す方でな。貴族らしくない、と言われるほどでした」
「今は違うんですか?」
「最近は噂も聞きませんな」
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ミヤーノは少し眉を寄せる。
「ハギー殿下の成人の儀にも姿を見せておりません」
「それは珍しい?」
「ええ。クガー侯爵と親しい方ですから、本来なら来ていてもおかしくない」
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滝は黙って聞いていた。
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「クガー侯爵との付き合いは続いているんですね?」
「そのはずです」
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ミヤーノは頷く。
「少なくとも、不仲という話は聞きません」
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滝は資料へ視線を落とした。
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ヤマー子爵。
妻はすでに他界。
子供は息子が一人。
現在は屋敷に籠もりがち。
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静かな男。
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だが、静かな人間ほど読めない。
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滝は資料を閉じた。
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その後、滝は爆破現場周辺へ足を運んだ。
焼け焦げた石畳。
崩れた壁。
修復は進んでいたが、火薬の臭いはまだ微かに残っている。
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捜査が手詰まりになった時、現場へ戻る。
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それは、滝の癖だった。
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現場は嘘を吐かない。
見落としていた違和感が、急に顔を出すこともある。
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だが――。
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今回も、決定的なものは見つからない。
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点は増えていた。
クガー侯爵。
ヤマー子爵。
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だが、まだ繋がらない。
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どこかで線になる。
その感覚だけはあった。
だが、その「どこか」が見えない。
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滝は小さく息を吐き、そのまま街を歩いた。
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夕暮れの繁華街。
酒場の灯り。
呼び込みの声。
香辛料と酒の匂い。
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そんな雑踏の中だった。
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「もういいと言っているだろう!」
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怒鳴り声。
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滝の足が止まる。
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声のした方を見る。
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繁華街の外れ。
古びた占い館。
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派手な布が入口に吊るされている。
その中から、揉める声が聞こえていた。
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滝は目を細める。
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――厄介事の匂いがした。




