第12話 異世界裁判4 凶器と遺体
サカンの顔に怒りが滲んでいるのが分かる。
ホウブがミネーの犯行を見たという証言は、彼の視力が常人より弱いことが判明したことで、裁判官や群衆の間に大きな疑義を生んでいた。
犯行を立証する柱の一つが崩れた。
それは、サカンにとって明らかな誤算だったはずだ。
⸻
通常、犯行を目撃したという証言は「直接証拠」と呼ばれる。
捜査の起点となる重要なものだ。
だが――だからこそ疑わなければならない。
人の記憶は曖昧だ。
時間とともに変わり、歪む。
同じものを見ても、視力や経験によって認識は異なる。
嘘をついていなくても、事実と食い違うことはある。
だから必要なのは「裏付け」だ。
⸻
刑事になりたての頃、それを怠って痛い目を見た。
それ以来、証言は必ず疑うと決めている。
⸻
「司法官、次の証拠の説明をお願いします」
裁判長の声に、サカンがすっと立ち上がる。
「第二の証拠は、殺害に使用されたナイフであります」
部下から受け取ったナイフを高く掲げた。
刃には黒ずんだ血痕が残っている。
「この紋章をご覧ください」
ナイフをトレーに載せ、裁判官たちへ差し出す。
「遺体の傍から発見され、血痕の状態から本件の凶器と認められます」
「さらに、この鞘の紋章は被告――コグシー伯爵家のものです」
⸻
「弁護人、意見は?」
「被告の物であることは認めます」
その瞬間、サカンの目が見開かれた。
「では、被告の犯行と認めるのですね?」
⸻
「いいえ」
間を置かず答える。
「被告は無罪――いや、無実です」
⸻
「どういう意味ですか」
サカンが一歩踏み出す。
⸻
「そのナイフは被告の物です。」
一拍置く。
「ですが」
「被告がそれを使ったとは限らない」
⸻
「屁理屈だ!」
⸻
「では証明してください」
こちらも一歩踏み出す。
「被告が使ったと」
⸻
「持ち物なら持ち主が使うのが当然だろう!」
⸻
「そうですか?」
静かに返す。
「あなたは先ほど、私に万年筆を貸してくれましたよね」
⸻
サカンの表情がわずかに揺れる。
⸻
「この国の貴族は違う!」
声を張り上げる。
「紋章入りのナイフは分身だ! 他人に貸すなどあり得ない!」
群衆からも同意の声が上がる。
⸻
「ええ、その通りです」
ゆっくりと頷く。
「だからこそ――」
⸻
「そんな大切な物を、わざわざ凶器に使うでしょうか?」
⸻
一瞬、場が静まり返る。
⸻
しかしサカンはすぐに反論する。
「だが現に血が付いている!」
「遺体の左胸にも同じ傷がある!」
「正面から一突きで刺されて死亡している!」
⸻
「確かに、このナイフで傷つけられたのでしょう」
一拍置く。
「しかし――それは“殺した証拠”ではありません」
⸻
「証人を呼べ」
裁判長の指示で、町医者ヨロズが証人席に立つ。
⸻
「被害者の死因を」
⸻
「頸椎損傷です」
⸻
場がざわめく。
「でも、ヨロズ先生が嘘を言うわけないしな」
見物人の一人が言う。
⸻
「刺殺ではないのか!?」
サカンが詰め寄る。
⸻
「死亡推定時刻は一昨日の深夜頃」
「死後硬直の状況とも一致します」
⸻
空気が変わる。
⸻
「心臓を刺されたのに出血量が少ないと思いませんでしたか?」
「つまり――」
私は静かに言う。
⸻
「刺された時点で、被害者はすでに死んでいた」
⸻
言葉が落ちた瞬間。
法廷の空気が凍りついた。
⸻
「そして、真実はこうです」
誰もが滝の言葉に耳を傾けた。




