第118話 繋がる先
部屋の空気が、凍り付いていた。
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誰も、すぐには言葉を発せない。
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クガー侯爵家。
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その名前が持つ重みを、この場にいる全員が理解していた。
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コーナンが、地図の一点を指で叩く。
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「ザキと呼ばれる男は、ここへ入っています」
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重い沈黙。
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サカンが、静かに口を開いた。
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「クガー侯爵」
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「現皇帝カンク十七世陛下の后――スサー様の実兄です」
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「つまり、ハギー殿下の叔父にあたります」
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ミヤーノが続ける。
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「外戚でありながら、皇族待遇」
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「加えて、貴族会議の議長でもあります」
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「爵位だけではありません。スオー地方の領主でもある」
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「王都でも、最上位の権力者の一人です」
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誰も言葉を継げない。
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ザキ。
セキ。
失踪したチョウ。
リアタ館。
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それらが。
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皇族の外戚へ繋がろうとしている。
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「現時点では、“接触した”という事実しか確認できていません」
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コーナンが冷静に言う。
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「クガー侯自身が関与しているとは――」
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「決め付けるな」
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滝が遮った。
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全員の視線が向く。
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滝は地図へ目を落としたまま、静かに続けた。
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「考えることをやめたら負けだ」
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「希望で捜査するな」
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「事実で考えろ」
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部屋が静まり返る。
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「クガー侯が組織から接触を受けている可能性」
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「あるいは――組織側の人間である可能性」
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「両方を残して考える」
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ミヤーノが苦い顔をする。
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「しかし……動機がありません」
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「皇族の外戚です」
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「地位も権力も、既に持っている」
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「何故、そんな危険を――」
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滝は、少しだけ目を細めた。
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これまで見てきた。
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賄賂。
保身。
私欲。
権力争い。
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そして。
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他人を踏み付けながら、平然としている人間達。
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人が狂気に走る理由など。
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他人には理解できないことの方が多い。
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滝は、刑事としてそれを嫌というほど見てきた。
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「……動機を先に決める必要はない」
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静かな声。
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「まずは事実を積み上げる」
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誰も反論しなかった。
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やがて。
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ミヤーノが、疲れたように額を押さえる。
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「……陛下への報告は、どうしますか」
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相手は皇族の外戚。
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しかも、貴族会議の議長でもある。
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国を揺るがしかねない話だった。
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だが。
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滝は静かに答える。
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「報告はする」
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「だが、今じゃない」
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全員の視線が向く。
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「現状は、ザキと呼ばれる男が屋敷へ入ったというだけだ」
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「それだけでクガー侯を疑えば、逆にこちらが潰される」
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コーナンが、ゆっくり頷く。
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「……証拠不足、ですな」
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「だから積む」
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滝は地図へ視線を落とす。
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「接点」
「流れ」
「金」
「人」
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「全部だ」
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部屋が静まり返る。
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ミヤーノが、慎重に口を開いた。
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「つまり……まだ動くおつもりで?」
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滝は小さく笑った。
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「ここまで来て、引けるか」
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その声に。
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わずかだが、空気が戻る。
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滝は、机の地図を見つめたまま呟いた。
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「それに――」
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「多分、あの皇帝は何を聞いても驚かん」
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誰も笑わなかった。
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だが。
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その場の空気だけは、少しだけ戻っていた。
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そして。
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滝の視線は、クガー侯爵家の印から動かない。
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まだ。
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何かが足りない。
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だが――
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確実に、核心へ近付いていた。




