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117/163

第117話 点を繋ぐ

 王都の夜は、人が多い。


 だが――。


 見ようとしなければ、見えないものもある。


⸻


 街の各所に、人影が散っていた。


⸻


 露店の裏。


 酒場の軒先。


 荷車の陰。


 路地の入口。


⸻


 誰もが、それぞれ別の顔をしている。


⸻


 帽子を深く被った男。


 酔客を装う者。


 物売りに紛れる者。


⸻


 それは――変装した憲兵達だ。


⸻


 目的は一つ。


⸻


 リアタ館に出入りする、あの騎馬の男。


⸻


 滝は、路地裏の壁にもたれながら、静かに夜を見ていた。


⸻


 セキ。


 ホウブ。


 『始末しろ』という声。


⸻


 ミネーを殺人犯に仕立てようとした連中。


 ハギー誘拐未遂の一味。


 そして――失踪したセキ総督補佐官チョウ。


⸻


 それらの事件の裏に、同じ影がちらついている。


 そして今、その影が――あの男へ繋がろうとしている。


⸻


 セキで違和感を拾い。


 ガナトで線を追い。


 王都カスミで、ようやく尻尾を掴んだ。


⸻


 「……長かったな」


⸻


 滝が小さく呟く。


⸻


 だが、問題はここからだった。


⸻


 騎馬での移動。


 徒歩で追えば、すぐに置き去りにされる。


 無理に近付けば、相手にも気付かれる。


⸻


 ならば――。


⸻


 「線で追うな」


 滝は事前にそう言っていた。


 「点で拾え」


⸻


 リアタ館の使用人達との雑談。


 過去の外出時間。


 帰還する時間。


 よく使う通り。


 王都の地形。


⸻


 それらを組み合わせ、移動経路を予測する。


⸻


 各地点に人を置き、通過だけを確認する。


 無理には追わない。


 次へ流す。


⸻


 それが今回のやり方だった。


⸻


 そして、別働隊も動いていた。


⸻


 男が通過しそうな場所。


 その一角には、あらかじめ水が撒かれていた。


⸻


 石畳の上。


 土の道。


 人通りの少ない路地。


⸻


 わずかなぬかるみを作る。


⸻


 騎馬が通れば、蹄の跡が残る。


⸻


 もちろん、それだけで追跡するわけではない。


 蹄の跡は、人や荷車が通れば消える。


 時間が経てば、それだけ痕跡も薄くなる。


⸻


 だからこそ――。


 これはあくまで補助だ。


⸻


 目視による確認。


 各地点からの報告。


 使用人達から聞き出した外出や帰還の時間。


⸻


 それらを補うための、小さな手掛かりに過ぎない。


⸻


 地味だが、確実な方法だった。


⸻


 「来た」


⸻


 低い声。


⸻


 路地裏。


 ユダが壁にもたれたまま呟く。


⸻


 視線の先。


⸻


 騎馬が、夜道を駆けていく。


⸻


 黒い外套。


 ぶれない姿勢。


 周囲を警戒する目。


⸻


 男は、時折速度を緩めて周囲を確認していた。


⸻


 ……素人じゃない。


⸻


 滝は帽子を深く被り直す。


⸻


 今にも追いたい衝動を、全員が押さえていた。


⸻


 コーナン。


 サカン。


 ユダ。


⸻


 誰もが、あの男の正体を突き止めたい。


⸻


 だが――ここで動けば終わる。


⸻


 だから、自分の役目に徹する。


⸻


 監視。


 確認。


 連携。


⸻


 それだけだ。


⸻


 騎馬が通り過ぎる。


⸻


 少し離れた場所で、別の憲兵がその姿を確認した。


⸻


 さらに先。


 また別の憲兵が、男の進行方向を確認する。


⸻


 一人では追わない。


 目立つ動きもしない。


⸻


 ただ、次の地点へ情報を渡していく。


⸻


 点を拾う。


 点を繋ぐ。


⸻


 数時間後。


⸻


 司法省。


⸻


 机の上には、王都の地図が広げられている。


⸻


 コーナンが印を付ける。


 「南通り、通過確認」


⸻


 サカンが続けた。


 「第三水路沿いでも確認済みです」


⸻


 変装していた憲兵が報告する。


 「西門方向へ移動した形跡あり」


⸻


 別の憲兵が付け加える。


 「途中の路地では、蹄の跡も確認しました。ただ、人の往来が多く、そこで追跡するのは難しいかと」


⸻


 滝は頷いた。


 「それでいい」


⸻


 水を撒いた跡は、あくまで補助だ。


 重要なのは、各地点で確認された情報だった。


⸻


 情報が、少しずつ繋がっていく。


⸻


 点が、線になる。


⸻


 コーナンが地図上の印を順に追っていく。


 南通り。


 第三水路。


 西門へ続く道。


⸻


 そして――。


⸻


 コーナンの指が、地図の一点で止まった。


⸻


 「……ここですな」


⸻


 静かな声。


⸻


 滝は視線を向ける。


⸻


 「誰の屋敷だ」


⸻


 一瞬。


 部屋の空気が変わった。


⸻


 コーナンが、わずかに言い淀む。


 サカンも無言になる。


 ユダが眉をひそめた。


⸻


 「……なんだよ」


⸻


 短い沈黙。


⸻


 そして。


⸻


 コーナンが、低く口を開く。


⸻


 「――クガー侯爵家です」


⸻


 滝は、地図に落とした視線を動かさなかった。


⸻


 リアタ。


 ザキ。


 そして――クガー侯爵家。


⸻


 これまで別々に見えていた点が、今、一つの線になろうとしていた。

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