第117話 点を繋ぐ
王都の夜は、人が多い。
だが――。
見ようとしなければ、見えないものもある。
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街の各所に、人影が散っていた。
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露店の裏。
酒場の軒先。
荷車の陰。
路地の入口。
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誰もが、それぞれ別の顔をしている。
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帽子を深く被った男。
酔客を装う者。
物売りに紛れる者。
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それは――変装した憲兵達だ。
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目的は一つ。
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リアタ館に出入りする、あの騎馬の男。
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滝は、路地裏の壁にもたれながら、静かに夜を見ていた。
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セキ。
ホウブ。
『始末しろ』という声。
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ミネーを殺人犯に仕立てようとした連中。
ハギー誘拐未遂の一味。
そして――失踪したセキ総督補佐官チョウ。
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それらの事件の裏に、同じ影がちらついている。
そして今、その影が――あの男へ繋がろうとしている。
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セキで違和感を拾い。
ガナトで線を追い。
王都カスミで、ようやく尻尾を掴んだ。
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「……長かったな」
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滝が小さく呟く。
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だが、問題はここからだった。
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騎馬での移動。
徒歩で追えば、すぐに置き去りにされる。
無理に近付けば、相手にも気付かれる。
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ならば――。
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「線で追うな」
滝は事前にそう言っていた。
「点で拾え」
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リアタ館の使用人達との雑談。
過去の外出時間。
帰還する時間。
よく使う通り。
王都の地形。
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それらを組み合わせ、移動経路を予測する。
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各地点に人を置き、通過だけを確認する。
無理には追わない。
次へ流す。
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それが今回のやり方だった。
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そして、別働隊も動いていた。
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男が通過しそうな場所。
その一角には、あらかじめ水が撒かれていた。
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石畳の上。
土の道。
人通りの少ない路地。
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わずかなぬかるみを作る。
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騎馬が通れば、蹄の跡が残る。
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もちろん、それだけで追跡するわけではない。
蹄の跡は、人や荷車が通れば消える。
時間が経てば、それだけ痕跡も薄くなる。
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だからこそ――。
これはあくまで補助だ。
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目視による確認。
各地点からの報告。
使用人達から聞き出した外出や帰還の時間。
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それらを補うための、小さな手掛かりに過ぎない。
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地味だが、確実な方法だった。
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「来た」
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低い声。
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路地裏。
ユダが壁にもたれたまま呟く。
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視線の先。
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騎馬が、夜道を駆けていく。
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黒い外套。
ぶれない姿勢。
周囲を警戒する目。
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男は、時折速度を緩めて周囲を確認していた。
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……素人じゃない。
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滝は帽子を深く被り直す。
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今にも追いたい衝動を、全員が押さえていた。
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コーナン。
サカン。
ユダ。
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誰もが、あの男の正体を突き止めたい。
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だが――ここで動けば終わる。
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だから、自分の役目に徹する。
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監視。
確認。
連携。
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それだけだ。
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騎馬が通り過ぎる。
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少し離れた場所で、別の憲兵がその姿を確認した。
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さらに先。
また別の憲兵が、男の進行方向を確認する。
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一人では追わない。
目立つ動きもしない。
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ただ、次の地点へ情報を渡していく。
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点を拾う。
点を繋ぐ。
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数時間後。
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司法省。
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机の上には、王都の地図が広げられている。
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コーナンが印を付ける。
「南通り、通過確認」
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サカンが続けた。
「第三水路沿いでも確認済みです」
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変装していた憲兵が報告する。
「西門方向へ移動した形跡あり」
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別の憲兵が付け加える。
「途中の路地では、蹄の跡も確認しました。ただ、人の往来が多く、そこで追跡するのは難しいかと」
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滝は頷いた。
「それでいい」
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水を撒いた跡は、あくまで補助だ。
重要なのは、各地点で確認された情報だった。
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情報が、少しずつ繋がっていく。
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点が、線になる。
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コーナンが地図上の印を順に追っていく。
南通り。
第三水路。
西門へ続く道。
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そして――。
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コーナンの指が、地図の一点で止まった。
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「……ここですな」
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静かな声。
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滝は視線を向ける。
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「誰の屋敷だ」
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一瞬。
部屋の空気が変わった。
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コーナンが、わずかに言い淀む。
サカンも無言になる。
ユダが眉をひそめた。
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「……なんだよ」
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短い沈黙。
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そして。
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コーナンが、低く口を開く。
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「――クガー侯爵家です」
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滝は、地図に落とした視線を動かさなかった。
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リアタ。
ザキ。
そして――クガー侯爵家。
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これまで別々に見えていた点が、今、一つの線になろうとしていた。




