第115話 出前
クサツー男爵の口利きは、思った以上に効果があった。
男爵がリアタの屋敷へ出入りする際に店の話をしてくれたことで、滝達はリアタ屋敷の使用人区画へ料理を届けることを許されたのだ。
もっとも――。
「使用人区画まで、ですか」
コーナンが腕を組む。
「さすがに本館へは入れてもらえませんな」
サカンも頷いた。
「警戒は厳重です」
リアタ屋敷。
王都でも指折りの大商人の館。
当然と言えば当然だ。
「だが、十分だ」
滝は茶を口に運ぶ。
「最初から中枢に入れるとは思っていない」
コーナンが視線を向ける。
滝は続けた。
「屋敷の情報を集めるには、むしろ都合がいい」
「仕事の不満や愚痴は、主人の前では言いにくい」
「だが、同僚同士が集まると、つい口に出るものだ」
そこで視線を上げる。
コーナン。
サカン。
二人を見る。
「特に上司への不満とかな」
コーナンが苦笑する。
「耳が痛い話ですな」
サカンは真顔だった。
「私は適正な管理をしております」
「部下は大抵、そう思ってる」
滝が言うと、コーナンが吹き出した。
その横で、ユダがぼそりと呟く。
「怖がられてる自覚はあるんだな」
「……否定はしません」
サカンが静かに返した。
わずかに空気が緩む。
「少なくとも、屋敷に出入りする人間は把握できる」
滝は指を組む。
「根気よく続けるしかない」
「店を通じて、少しずつ情報を拾っていく」
その日の夕方。
店が混み始めた頃だった。
「リアタ屋敷から注文です!」
店員役のミネーが声を上げる。
「山芋のオムレツを四つ、それと酒のつまみをいくつか」
コーナンが笑う。
「すっかり人気ですな」
「男爵が広めたんだろう」
滝は立ち上がる。
「俺が行く」
「お気をつけを」
ハギーが静かに送り出した。
リアタ屋敷は、夕暮れの中でも存在感があった。
高い塀。
重厚な門。
巡回する警備。
……やはり、簡単な相手じゃない。
裏手の使用人用入口へ向かう。
すでに顔を覚えられていた。
「お、待ってたぞ!」
使用人の男が笑う。
「例の山芋料理あるんだろ?」
「今日は焼き加減を変えてみた」
滝は適当に返す。
料理を並べた瞬間、歓声が上がった。
「これだこれ!」
「うまかったんだよな!」
「酒に合うんだ!」
……反応が良すぎる。
滝は苦笑しながら皿を渡す。
「兄ちゃん、料理人だったんだろ?」
「店じゃ見ない顔だしな」
「店では料理をしてるが、ここじゃ雑用係だ」
「嘘つけ」
使用人達が笑う。
「でも本当にうまいよな」
「王都でも流行るんじゃないか?」
「できれば、リアタ様みたいな大物に食べてもらって宣伝してほしいくらいだ」
その言葉に、使用人の一人が肩をすくめた。
「そりゃ無理だ」
「旦那様は、知らない相手とは滅多に会わない」
「客も選ぶしな」
「警備もうるさいぞ」
……ガードは固いか。
滝は表情を変えない。
だが頭の中では、情報を整理していく。
「そういやよ」
別の使用人が身を乗り出す。
「店にいた美人のママ、あれ何者なんだ?」
「あの姉妹も凄かったよな」
「お姫様かと思った」
「あと、あのイケメン店員」
「女客がずっと見てたぞ」
……コーナンのことか。
「寄せ集めだ」
滝は適当に返す。
「事情持ちばかりだよ」
「へぇ」
「なんか訳ありっぽいもんな」
使用人達が笑う。
その時だった。
――重い音。
屋敷の正門が開く。
使用人達の空気が、わずかに変わった。
騎馬が一騎。
ゆっくりと屋敷へ入ってくる。
黒い外套。
上質な馬具。
無駄のない所作。
ただ者ではない。
「おい、道開けろ」
使用人の一人が慌てて立ち上がる。
「ザキ様のお帰りだ」
滝は、無言でその騎馬を見つめた。
……ザキ。
その名前を、滝は頭の中で繰り返す。
だが、それ以上は視線を向けなかった。
今はまだ、情報が足りない。
ただの使用人なのか。
それとも、リアタと深い繋がりを持つ人物なのか。
……顔だけは覚えておこう。
滝はそう考え、出前のオカモチを持ち直した。




