第114話 噂の店
「ほう……これは美味いな」
クサツー男爵は感心したように皿を見た。
山芋を擦り下ろし、香草と焼いた肉を合わせた料理。
粘り気のある食感に、酒が進む味付け。
この世界にはない料理だった。
「食べたことのない味だ」
男爵は機嫌よく笑う。
従者も頷いていた。
「さすが評判の店ですな」
「うむ。これで“美人ママ”とやらが来れば完璧なのだがな」
下卑た笑み。
従者も愛想笑いを返す。
その時だった。
ユダが静かに卓へ近づいた。
黒髪を後ろでまとめ、普段よりも少しだけ雰囲気を変えている。
露出は少ない。
だが逆に、それが妙な色気を生んでいた。
男爵の目が丸くなる。
「おお……!」
ユダは一礼した。
「本日はご来店ありがとうございます」
事務的な口調。
だが、それが逆に高級店のような雰囲気を感じさせる。
「ここでは少々騒がしいので、よろしければ個室へご案内いたします」
周囲では酔った客達が笑い、騒いでいる。
男爵は満足げに頷いた。
「うむ、頼もう」
⸻
案内されたのは、厨房近くの小部屋だった。
表からは見えず、声も聞こえにくい。
情報を聞き出すには好都合の場所だ。
男爵は完全に上機嫌だった。
「いやぁ、いい店だ」
酒を飲みながら笑う。
「料理も美味い」
「気も利く」
「しかもママが美人だ」
ユダは無表情のまま酒を注いだ。
「ありがとうございます」
「うむ!」
男爵はさらに機嫌を良くする。
ユダはそこで、わずかに視線を落とした。
「ですが……料理人が少々、口が悪くて」
厨房の奥で、滝がぴくりと反応する。
「バーテンも愛想がなく、生意気だとよく言われます」
サカンも無言になった。
男爵は豪快に笑う。
「はっはっは! 分かるぞ!」
「だが、それも味というやつだ!」
厨房の陰。
コーナンが肩を震わせている。
ユダは動じない。
「お気に召して頂けたなら幸いです」
そう言って自然に酒を注ぎ足す。
男爵の頬はもう赤い。
完全に気分が良くなっている。
「今日は、何か御用でこちらへ?」
ユダが何気なく尋ねた。
男爵は気を良くした様子で頷く。
「ああ。この近くに少し用事があってな」
「館はここから遠いと聞いておりますが」
「うむ。だから帰る前に寄ったのだ」
ユダは自然な流れで続ける。
「では、どちらでこの店のことを?」
「リアタ館だ」
男爵はあっさり答えた。
「使用人達が騒いでいてな」
「“婆さんの店が急に若返った”とか何とか」
その瞬間。
厨房の空気が変わった。
コーナンが目を細める。
サカンも黙る。
ミネーが小さく息を呑んだ。
繋がった。
リアタの屋敷。
クサツー男爵。
そして、この店。
滝は静かに立ち上がる。
「少し行ってくる」
そう言って個室へ向かった。
⸻
扉が開く。
「失礼します」
滝が軽く頭を下げた。
男爵はすっかり上機嫌だ。
「おお、料理人か!」
「いやぁ、素晴らしい!」
「珍しい料理ばかりで感動したぞ!」
「そいつはどうも」
滝は笑みを浮かべる。
「ですが、うちのママがこの通り無愛想でして」
ユダの眉がぴくりと動く。
「思ったより売り上げが伸びないんですよ」
「はっはっは! 確かに愛想は足りんな!」
男爵が豪快に笑う。
厨房の陰で、コーナンが吹き出しかけていた。
滝はさらに続ける。
「もし良ければ、リアタ屋敷にも料理を出前させて頂けませんか?」
「ほう?」
「貴族様相手なんて初めてでしてね」
「口を利いて頂けたら助かります」
ユダがじろりと滝を睨む。
だが滝は、男爵から見えない角度で必死にウインクしていた。
――合わせてください。
そんな意思表示だった。
ユダは深々とため息をつき――
そして。
男爵へゆっくり身を寄せる。
「……お願いできますか?」
低く、艶のある声。
男爵の顔が一気に緩んだ。
「お、おお! 任せておけ!」
完全に酔っている。
「リアタ屋敷には、これからも用事で出入りする!」
「口くらい、いくらでも利いてやろう!」
滝の目がわずかに細くなる。
――これで、リアタ屋敷へ出入りしている理由も分かった。
「ありがとうございます」
ユダが微笑む。
その瞬間、男爵は完全に骨抜きになっていた。
そこへ。
再び扉が開く。
「失礼します」
サカンだった。
手に持っているのは、大皿いっぱいの山芋料理。
とろろをたっぷり掛けた山芋料理だった。
男爵が目を丸くする。
「おお!? まだ山芋が来るのか!」
サカンは無表情で答える。
「サービスです」
その瞬間。
厨房に戻る途中で、滝が小さく呟いた。
「……完全に鴨だな」
サカンは何も言わなかった。
ただ――
男爵の前に置かれた山芋料理を見て、ほんの




