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第113話 来店の理由

「何が気になるのです?」


 ハギーが静かに尋ねる。


 滝は店内の様子を窺いながら、小声で答えた。


「爆発の直後だ」


「普通、人間はまず“事故”を疑う」


「火事かもしれない、何かが倒れたのかもしれないってな」


 コーナンが腕を組む。


「まあ……確かにな」


「少なくとも、俺がいた国じゃそうだった」


 滝は静かに続ける。


「いきなり“反乱軍”なんて発想をする奴は、まずいない」


 サカンが眉をひそめた。


「だが、この国は戦乱が長かった」


「ええ。戦争が終わって、まだ二十年も経っていない」


 滝は頷く。


「だから、その言葉自体は不自然じゃない」


「だが、少し引っ掛かる」


「どこがだ?」


「クサツー男爵は、豊かな貴族階級だ」


 滝は酒場の奥にいる男爵へ視線を向ける。


 酒を飲み、料理をつまみ、上機嫌に笑っている。


 戦に怯える人間の顔ではない。


「平和を享受してる側の人間が、爆発を見て真っ先に“反乱軍”を思い浮かべるか?」


 静かな沈黙。


 ミネーが、はっとした顔をする。


「そういえば……」


「何か思い出したか」


「クサツー男爵の館、ここからかなり離れてるんです」


「離れてるのか」


「はい。馬車でも結構かかります」


 ミネーは少し考えるように視線を落とした。


「この時間ですし……どこかへ行って、その帰りって考える方が自然かも」


 そこで言葉が止まる。


 だが、全員が同じ名前を思い浮かべていた。


 リアタ。


 滝は小さく頷く。


「ここ、リアタの屋敷にも近いですからね」


 コーナンの目が細くなる。


「つまり、リアタと繋がっている可能性を疑っているのか」


「まだ可能性の段階だ」


 滝は静かに言った。


「だが、偶然にしては重なりすぎてる」


 反乱軍。


 爆破事件。


 そして、リアタ。


 点と点が、ゆっくり線になり始めている。


「それに――」


 滝は男爵へ視線を向けた。


「館から遠いこの場所に、こんな時間にいる理由も気になる」


「……確かに」


 コーナンが頷く。


「ただ酒を飲みに来ただけなら、それまでですが」


「そうだ」


 滝は静かに答えた。


「だからこそ、少し探りを入れる必要がある」


 だが、サカンはすぐに顔をしかめた。


「とはいえ、相手は貴族だ」


「いきなり聞いても、素直に答える訳がない」


「むしろ警戒されます」


 ミネーも困ったように言う。


 ハギーも静かに頷いた。


「不用意に刺激するのは危険かと」


 すると。


 滝は、すっとユダの方を向いた。


 そして――


 両手を合わせ、深々と頭を下げた。


「ユダさん。お願いします」


 その場が静まり返る。


 ユダが、無言で滝を見る。


 嫌な予感しかしない目だった。


「……内容による」


 低い声。


 滝は真顔のまま言った。


「ママとして挨拶して、そのまま個室に引き込んでくれ」


 沈黙。


 コーナンが吹き出しかける。


 サカンは顔を逸らした。


 ミネーは肩を震わせている。


 ユダのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かんだ。


「……私に色仕掛けをしろと?」


「いや、そこまでは求めてない」


 滝は手を振る。


「ちょっと愛想よくして、酒を注いで、気分良く喋らせるだけだ」


「大差ないだろうが」


「ユダさん、威圧感ありますからね」


 滝は真顔だった。


「逆に“特別扱いされてる感”が出ると思う」


「褒めているのか貶しているのか分からん」


 低い声。


 だが、滝は淡々と続ける。


「男ってのは、気分良くなると口が軽くなる生き物だ」


「……お前も男だろう」


「だから分かる」


 即答だった。


 ミネーがついに吹き出した。


「ふふっ……!」


 ハギーも口元を隠している。


 ユダは深々とため息をついた。


「……はぁ」


 そして。


 静かに包丁を置く。


「一度だけだ」


 滝の顔が少し緩む。


「助かる」


「ただし」


 ユダがゆっくり滝を見る。


「下らない情報だった場合、貴様を殴る」


「甘んじて受ける」


 その返事に、コーナンがぼそりと呟いた。


「慣れてるな……」

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