第109話 皇女殿下の激励
「皇女殿下のおなりです!」
執務室の空気が一変した。
若い憲兵達が一斉に姿勢を正す。
本来なら、末端の憲兵達がお目通りできる相手ではない。
それどころか、遠目に姿を見ることすら難しい存在だ。
そんな皇女が、自分達を激励に来た。
しかも――。
扉が静かに開く。
姿を現したハギーを見た瞬間、若い憲兵達の空気が明らかに変わった。
噂以上だった。
金色の髪。
気品を感じさせる立ち振る舞い。
だが、それ以上に年相応の柔らかさと愛嬌がある。
高貴でありながら親しみやすい。
若い憲兵達が色めき立たない訳がなかった。
「皆さん、士気が高いですね」
ハギーは嬉しそうに周囲を見渡す。
「ミヤーノ殿や滝様が、普段から皆さんを大切にされているのでしょう」
ミヤーノが胸を張る。
「ええ、もちろんです」
滝は心の中で苦笑した。
(……いや、それは殿下のお人柄ですよ)
もちろん口には出さない。
「それより、殿下」
滝は空気を切り替えるように言った。
「お願いがございます」
ハギーはすぐに真面目な表情になる。
滝はこれまでの捜査経緯を簡潔に説明した。
御用商人リアタ。
黒幕へ繋がる可能性。
そして、内偵の必要性。
「――という訳で、ユダを捜査に加えていただきたい」
ハギーは即座に頷いた。
「もちろんです」
そして後ろを振り返る。
「ユダ、皆さまにご挨拶を」
ユダは露骨に面倒くさそうな表情を浮かべた。
だが、ハギーの視線には逆らえない。
小さくため息をつくと、ゆっくり覆面へ手を掛けた。
布がゆっくり外される。
誰も声を上げない。
執務室が静まり返った。
「……おお」
「おい……」
若い憲兵達がどよめく。
整った顔立ちだった。
鋭い目つきこそあるが、年若く、中性的な美しさすら感じさせる。
ミヤーノまで目を丸くしていた。
「覆面のせいで気付きませんでした……」
ユダは鬱陶しそうに再び覆面へ手を伸ばす。
するとハギーが、ぱん、と手を叩いた。
「皆さんに激励を持ってまいりました」
その瞬間、執務室の空気がさらに変わる。
「おお……!」
感動したように声を漏らす者。
中には、感極まって涙ぐむ若い憲兵までいる。
皇女自らの激励。
それだけで十分すぎる栄誉だった。
ハギーが頷く。
すると、外で待機していたメイド達が次々と入ってきた。
手には高そうな木箱。
しかも一つではない。
憲兵達の期待は最高潮に達した。
「どうぞ」
ハギーが嬉しそうに言う。
若い憲兵が震える手で木箱を開けた。
中に入っていたのは――
焼き山芋。
山芋の煮物。
山芋汁。
山芋焼き。
そして、こんがり焼かれたトカゲ料理。
執務室が静まり返る。
滝とサカンだけが嫌な予感を覚えていた。
ハギーは満面の笑みだった。
「ミネーから聞きました。タキ様やサカン卿、それに皆さんも山芋がお好きなのだとか」
滝とサカンの顔が引きつる。
「なんでも、体力がつくらしいですね」
ハギーは何も知らない最高の笑顔で続けた。
「しっかり食べて、捜査を頑張ってください!」
滝とサカンは、無言で顔を見合わせた。




